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「馬謖を、斬首とする」

【148】第三十一章 馬謖5

2013年3月29日(金)

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【147】第三十一章 馬謖4から読む)

 劉備の枕元に呼ばれた諸葛亮は今後の蜀を托すと、さまざまな要求や希望を述べた。そして、劉備が最後にぽつりと言う。

 「趙括(ちょうかつ)の故事は知っておろう」

 「はい、馬服君の長男でございましょう」

 それは戦国時代の将軍趙奢(ちょうしゃ)の息子である。用兵を学んでは論議し、誰にも負けたことがないと言われる青年だった。

 それが、長平の戦いで将軍に抜擢されたが、百戦錬磨の秦将白起(はくき)に、赤子の腕を捩(ねじ)るごとく負けてしまった。

 「おまえは、馬良の弟(馬謖)を可愛がっているようだが、あいつは趙括の臭いがする」

 劉備に言われ、諸葛亮もその危険性は感じていた。だが、兄馬良が夷陵で戦死してからは、人が変わったように言葉を選び出した。

 「はい、お言葉胆に銘じて、そのようなことがないよう注意いたします」

 「朕は、おまえたちの諫言を肯(き)かず出兵したから、このようなことを言う資格はないがな」

 その言葉を残して、劉備は蜀の建興元年(223年)崩御した。

 このことに端を発して、中南の異民族が反乱を起こし始めた。諸葛亮は直ぐに行動を起こさず、まずは塩と鉄の専売をして財政を潤し、また成都近辺の農産物の生産性を上げたのである。

 それは、第三十章「孟獲(もうかく)」に書いたとおりであるが、馬謖も諸葛亮の言うことを聞いて寸暇を惜しんで協力した。

 そして、いよいよ諸葛亮が将軍として出発する段になり、その策戦を馬謖と練った。

 「中南の異民族は山岳を要害とし、戦いで降服しても直ぐに反旗を翻します。心を攻めて上策とし、城を攻めるを下策となさいませ」

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「「馬謖を、斬首とする」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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