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鏡像の消失の恐怖

モーパッサン「オルラ」を読む(10)

2013年1月22日(火)

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鏡像の消失

 今回は主人公はこれまでにない不気味な経験をする。自分の鏡像を失うのである。オルラが肩越しに、主人公が書いているものを眺めていると直観した主人公は、そいつを捕まえようと後ろを振り向く。背後には大きな箪笥があり、そのドアには大きな鏡がついている。その姿見で主人公は毎日、自分の身支度を点検していたのだ。

 ところが主人公が振り向くと、オルラが見えないだけでなく、主人公の影である鏡像も見えないのだ。オルラの透明な身体が邪魔をして像が見えないのではないらしい。「鏡には何も写っておらず、ただ澄んでいて、深みがあり、明るいだけだ」なのだ。これは主人公にとって、これまでにない恐ろしい経験である。

鏡像の役割

 ラカンが指摘したように、鏡像は自己のアイデンティティを確立するための重要な手掛かりである。鏡のうちに自分の像を発見した子供は、喜々として自分の像と戯れるという。自分に身体があることを、その全体像を、自分が他者からどのように見られるかを、初めて認識するのである。そして他者が見ているはずの自分の身体を眺めるという経験が、自己のアイデンティティを築きあげるための重要な契機となる。

 人間とは奇妙な生き物である。他者との関係においてしか、自己を認識することができないのである。野の鳥であれば、母親から離れた後は、立派な成鳥として自分で餌を取り、配偶を探し、番うことができる。人間はそうはゆかない。自己というものを他者との関係で構築してゆく存在なのだ。

 この鏡とは実際の鏡面だけではない。母親が自分に向ける表情もまた、一つの鏡なのである。自分の示す欲求に母親がどのように反応するかも、子供には鏡となって自分のアイデンティティを確認するために役立つ。母親の反応が逆に自分の欲求のありかたを照らしだし、自分の欲求を他者の目から眺めることを知るからである。

 このように鏡像は、すべての人間にとって、かつての自己のアイデンティティの形成の際の重要な手掛かりであり、今でも自分が他者からどう見えているかを知るための手掛かりである。自分の顔を知っている人はいない。背中など、自分の身体のいくつかの場所は、どうしても見ることができない部位であるが、顔もその重要な部位である。

鏡像喪失の意味

 ぼくたちは外出する前に、鏡で自分の服装を調べ、自分の顔がまともかどうかをチェックする。それが見えなくなったらどうなるか、考えてみてほしい。鏡を覗いて自分の顔がみえなかったら、いったいどんな気がするだろうか。有名な『プラークの大学生』では、影を金貨と引き換えに売ってしまった主人公は、友人に髪形がめちゃくちゃだと言われて、手鏡を渡され、つい覗いてしまう。そこにはもちろん彼の顔はない。彼は「しゃがれた悲鳴をあげ、隅に投げ捨てたので、手鏡はこわれてしまった。顔を隠すためにうでを顔に押しあてて、彼はその場から一目散に逃げ出した」[1]のだった。

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「鏡像の消失の恐怖」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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