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「我らをどうするのだ? 曹操に売るのか?」

【159】第三十四章 公孫淵1

2013年4月15日(月)

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【158】第三十三章 献帝(劉協)5から読む)

 「儂らの軍を奪うつもりだったらしいが、遼東郡の太守も、甘く見られたものだな?」

 「言うな、公孫康。おまえらも、当初から我を騙して捕らえるつもりでおったのだろう。父上がおられた頃には、随分世話になっておきながら、呆れ果てた恩知らずだ!」

 縛られながらも声を荒らげるのは、袁尚という若者らしい。まだ、二十歳を幾つか出た齢らしいが、随分放浪したようで、上等な甲冑が擦り切れたり泥で汚れたりしている。

 公孫康の次男公孫淵は、まだ十歳そこそこの少年ながら、その遣り取りを高楼の窓から盗み見ていた。

 「そうだった。袁紹が、おまえらの親爺だったな。世話になったとは片腹痛い。あんな吝嗇(けち)な男が、遼東の我らに恩恵など及ぼすものか。もっとも、やつに滅ぼされた劉虞(りゅうぐ)は、人徳の士だったがな」

 「くそ、世が世なら、おまえなど」

 尚も毒突こうとする袁尚に、兄の袁熙が叱責するように窘める。

 「止めよ。もう、終わったのだ」

 言い終えて、彼は首を項垂れて動かない。周囲からも、好意的に見られる態度である。

 公孫淵は、尚も耳をそばだてた。

 「烏丸(うがん・中国東北部の騎馬民族。東胡とも呼ばれた)からの報告で、おまえらが混じっていたと聞いてな」

 袁尚は袁熙を引きこんで、袁家長男の袁譚と総領の座を争っていた。だが、その最中に本拠地のギョウ(業/大里)を曹操に落とされて、もう逃げるしかなくなっていた。

 建安12年(207年)、彼らは最後の足掻(あが)きに烏丸を巻き込んだのだ。

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「「我らをどうするのだ? 曹操に売るのか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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