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高揚と失意

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(2)

2013年2月26日(火)

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 この第三類型にはすでに指摘したように二種類のタイプがある。本人のエスの欲望が快楽原則だけを追求し、自我は分身として影になってしまうものと(本人の立場を軸にして、欲望型と呼ぼう)、本人の影であるはずの分身が欲望を追求し、自我は本人にとどまるが影のような存在になってしまうもの(影型と呼ぼう)である。

 このホフマンの小説は欲望型の典型である。ドイツでこのタイプの分身小説を初めて描いたのは、シャミッソーの『影をなくした男』であり、このシャミッソーがやがてこの小説にも登場するので、『影をなくした男』から、この欲望型の分身小説を考察してみよう。

 主人公のシャミッソーはある邸宅を訪問し、そこで手品のようにどんなものでも取り出してみせる男に出会う。その男はシャミッソーに近寄ってきて、「それはそれは美しいあなたの影にうっとりと見惚れていました」[1]と語りかけながら、奇妙な申し出をする。「はなはだ厚かましいお願いで恐縮ですが、いかがでしょう。あなたのその影をお譲りいただくわけにはいかないものでしょうか」[2]と。

 主人公は、影を買いたいという奇妙な提案に困惑するが、男は幸運の金袋をとりだしてみせる。この袋からは金貨が取り出し放題に出てくるのである。主人公は「よし、承知だ、こいつと影を取り替えよう」[3]と軽率にも、この取引に応じてしまう。すると男は「わたしの足もとにひざまずくと、いとも鮮やかな手つきで、わたしの影をてっぺんから足の先まで、きれいに草の上からもちあげて、クルクルと巻き取り、ポケットに収めました」[4]

 この第三類型で重要なのは、このような取引がなされ、契約が結ばれるということである。たとえば、ドストエフスキーの『分身』(『二重人格』)では、主人公の欲望を体現した世渡りの上手な分身が登場して、主人公は影の地位に落とされ、やがては精神病院に幽閉されるにいたる。

 もしもここで契約が成立していたならば、これは第三類型の第二種の「影型」の典型的なパターンになっただろう。しかしユニークなことにこの小説では主人公が相手が自分の分身であることに薄々とは気づいてはいるが、どうしてこのような分身が登場したのか、まったく見当もつかないままに、窮地に追い込まれるのである。そのためにこの分身小説は、第二類型に分類されるのである。

 それではホフマンの『大晦日の夜の冒険』の第一章の後半部分をお読みいただこう。昔の恋しいユーリエが戻ってきたように感じた主人公は、心を高揚させるのだったが、それは一瞬のことにすぎなかったのだった。そして主人公は帽子も外套も残したまま、嵐の夜へとさまよいでる。

[1]シャミッソー『影をなくした男』池内紀訳、岩波文庫、17ページ。
[2]同。
[3]同、18ページ。
[4]同。

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「高揚と失意」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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