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影をなくした男との出会い

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(3)

2013年3月5日(火)

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シャミッソーの分身小説

 さてシャミッソーの分身小説『影をなくした男』の主人公は、太陽に照らされてできる影を奪われたために、戸外で歩いていると、たちまちに影がないことがばれてしまう。そして街路を歩いていると、次々と呼び止められ、追いかけられるのである。「いったいどうなすったのですえ、影をなくしておしまいじゃありませんか」、「どこに影を置き忘れなさった?」「ちゃんとした人間なら、おてんとうさまが出りゃ影ができるのを知らねえか」[1]とさんざんである。

 彼は「この世の中では、功徳や徳よりもお金が幅をきかせているとしても、そのお金よりも影のほうが、なおのこと、なくてはならないものらしいのです」[2]と、泣き出して後悔するのである。そしてそれからは日中は外出せず、太陽が姿を消してから出かけることになる。「出るのは夕方に限り、それも広間にぐるりと四〇本もの蝋燭を灯させてからのことでした」[3]。周囲にすべて蝋燭が灯っていれば、影は消えるわけである。

 後悔して、契約を撤回しようとした主人公は、金で雇った忠実な召使に、影を渡してしまった例の男を探させるが、彼は「これから一年の間、旅に出るが、一年たったら会いにゆく」と言い残して、姿を消してしまっている。やむなく彼は召使の機転に助けられて、どうにか夜の生活を送るしかなかったのである。ところがある日、旅行中にすばらしい女性と出会って恋に落ちてしまう。そして相手の娘も彼に真剣に恋をしているのである。

 彼は喜んで結婚の約束をするが、例の男に会って、影を取り戻してからにしようと考えている。その日が近付いたある日のこと、雇っている名使いの一人に、影がないことがばれてしまい、召使は主人に影がないことを確認すると、「召使ふぜいでもまともな人間でございましてね、影のない主人に奉公するのはまっぴらですよ」[4]と言い放って、家を出ていってしまう。それだけではなく、この男は主人公に影がないことを、婚約している娘の父親に密告してしまう。

 そこで主人公は少しだけ待ってもらって、例の男との約束の日を迎えたのだった。例の男はすぐに影を返してくれるという。しかし次の文章に署名しなければならない。「わが魂が肉体より自然に離脱せし後は、本状の所有者に魂を遺贈つかまつること、異議なきものなり」[5]。死んだ後に、魂を悪魔に渡せというのである。

 さて、ホフマン「大晦日の夜の冒険」の第三回目、第二章の前半をお読みいただこう。このビアホールで蝋燭の後から歩いてきたのが、シャミッソーの『影をなくした男』の主人公である。彼が「独特な身を屈めた歩き振りで壁に沿って歩きながら、やがてぼくの正面に座った」のは、蝋燭の光で影がないのが露見しないように用心していたからである。

 また、この男が「南米のチンボラソ山にしか成育してない種」の採集したばかりの標本を調べている理由も、「ぼくはこの見知らぬ男を〈知ってはいない〉が、それでもしばしば〈考えたことがある〉」理由も、『影をなくした男』を読み進めると、理解できるようになるだろう。

[1]シャミッソー『影をなくした男』池内紀訳、岩波文庫、22~23ページ。
[2]同、23ページ。
[3]同、27ページ。
[4]同、60ページ。
[5]同、66ページ。

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「影をなくした男との出会い」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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