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「実際の曹操軍は、精々20万がいいところだろう」

【165】第三十五章 張昭2

2013年4月23日(火)

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【164】第三十五章 張昭1から読む)

 張昭が孫策の幕閣へ入ると、同年配には程普(ていふ)や朱治(しゅち)、韓当(かんとう)、黄蓋(こうがい)らが長老格としていた。彼らは孫堅とともに戦った部将たちばかりで、ほぼ張昭と同年配である。

 一方、孫策の側近は周瑜(しゅうゆ)、後に呂蒙(りょもう)魯粛(ろしゅく)等、息子の張承(ちょうしょう)同様で20歳近く若い。張昭は孫策に呼ばれたばかりの新参者で、而立(30歳)前の彼らと同席する。

 「儂が見込んで幕閣に入っていただいたのだから、忌憚なく意見を言われたし」

 孫策は、周瑜同等に張昭を買ってくれた。ところが、持って生まれた烈しい性格で、悪口を手紙に認(したた)めた呉郡太守の許貢(きょこう)を殺害した。

 また、人々に人気がある学識者の高岱や、宗教家の于吉(うきつ)を、嫉妬心で処刑したりした。

 これらのことから怨みを受け、彼は建安5年(200年・官渡の戦いがあった年)、長江の氾濫原で狩の最中、許貢の食客たちに討たれて早世することになる。

 深傷の孫策は治療のため館へ運ばれて、しばらく息があった。そのとき彼は、重臣が見守る中で、次期統領を弟の孫権と決めて、彼を呼んだ。

 「儂の遺業を継いで呉国の発展に尽くせ。その際、張昭に百官を取りまとめさせ、彼の意見に従うのだぞ!」

 これは、孫権の内政補佐を、張昭に任せよと言う意味である。大役だが、孫策はそこまで張昭を買っていたという証左になる。

 軍事については、周瑜を筆頭に呂蒙らが指揮を取り、参謀は魯粛ということになろう。だが、頼りになる兄孫策を喪って、孫権は嘆いて数カ月を過ごしてしまった。

 「天下が鼎沸(ていふつ・焚かれた鼎が沸騰すること)するごとく乱れているとき、悲しみ嘆くのは、未亡人たる大橋様にお任せなされ。新総領の取るべき道は、先人の道を受け継ぐことではございますまいか?」

 諭された孫権は、ようやく立ち直ることができた。このとき当面の問題は、まず呉国内で孫権の知名度を高めることであった。

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「「実際の曹操軍は、精々20万がいいところだろう」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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