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「魏の皇帝は尊敬の念をもって呉王を遇されませぬのか?」

【167】第三十五章 張昭4

2013年4月25日(木)

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【166】第三十五章 張昭3から読む)

 孫権は、それでも虎狩りを止めなかった。だが、さすがに騎馬のまま矢を射るのは自粛し、板で囲った車を押させて、箱の壁に穴を穿(うが)って、そこから矢を射た。

 それでも張昭と張休は諫言したが、孫権は笑って取り合わなかった。それはそれで、彼の運命論の実証だったようだ。

 やがて、荊州北部へ軍を進めた関羽を、呂蒙と陸遜が指揮する呉軍が討ち取った。その翌年(建安25年=220年)曹操が他界すると、曹丕が後を嗣ぎ、後漢の皇帝協に禅譲(ぜんじょう)を迫って魏帝国を起こした。

 魏の版図は漢と重なるため、呉や蜀は魏帝国内の地方国のような存在になってくる。劉備が間髪を容れず蜀で即位したのも、右のような事情を打開するためだ。

 だが、孫権はまだそこまで切羽詰まって、皇帝に即位しようとは考えていなかった。すると、曹丕がそれを見て、孫権を魏帝国内の呉王国として認めると、使いを通じて言ってきた。孫権が受けると、今度は意義を正した刑貞(けいてい)なる使節がやって来た。孫権に正式な呉王の位を授けるというわけだ。

 刑貞は飾りの付いた馬車で、皇帝の使節を表す旗も高々と掲げている。そして宮城へ差しかかり、そのまま城門を潜ろうとした。だが、そこへ張昭が立ち塞がる。

 「魏の皇帝は、尊敬の念をもって呉王を遇されませぬのか?」

 「無論、礼をもって敬を表しております」

 刑貞はそう言って、呉王と認める印綬と書状を示そうとする。だが、張昭は納得しない。

 「まずは、城門の外で下車されることが、尊敬の念を表す第一歩ではございませぬか?」

 こう言われて、刑貞は初めて自分の不作法に気づいたが、ばつが悪いのでさっさと降りない。そこで、張昭は一言加える。

 「呉国には一寸の刃もないほど、意気地無し揃いとお考えのようですな?」

 そう言って背後を振り返ろうとすると、刑貞は慌てて車から降りた。これも、張昭の気骨を物語る一齣(ひとこま)であるが、彼の逸話はこの程度で終わらなかった。

 一方の孫権は、相変わらず命冥加な自分を誇っていた。息子もあれから数人できたが、孫登の出来が頗(すこぶ)る良かった。それは、孫権の隆盛と揃っているとも思える。

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「「魏の皇帝は尊敬の念をもって呉王を遇されませぬのか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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