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「さすれば呉は繁栄して魏や蜀を凌ぐことができよう」

【168】第三十五章 張昭5

2013年4月26日(金)

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【167】第三十五章 張昭4から読む)

 「朕が皇帝としてあるのは、周瑜のお蔭だ」

 孫権は、並み居る群臣の前でそう言った。周囲は、なぜ張昭の名がないのかと訝る。そして、曹操が軍を南へ向けたとき、張昭が降服論を主張したことを思い出した。

 「あのとき、曹操の軍門に降っていれば、今頃泥水を啜って物乞いをしていたであろう」

 孫権が、ここまで暗に張昭を足蹴にするのは、公孫淵との交流に猛反対されるからである。孫権としては父孫堅や兄孫策と違って、自分には天命があると思っている。

 虎と対峙しても、魏軍へ親征しても傷付かないのは、天の御加護あるからだと、自らに言い聞かせている。そして、公孫淵の申し入れは、人徳が外へ現れた徴(しるし)と思いたかったのだ。

 だから孫権は、周駕(しゅうが)と裴潜(はいせん)を送り出した。彼らは、公孫淵から北方の馬を土産に貰って、帰途に就いた。だが、動きを察知した魏側の将田豫(でんよ)が待ち伏せし、周駕が斬られて馬も奪われる。

 しかし、孫権は懲りなかった。

 「魏皇帝(曹叡)が、妬いておるのだ。だから、呉の使者は斬っても、公孫淵は咎めを受けておらぬぞ」

 そう言う彼のもとへ、公孫淵が更なる書状を送ってくる。

 『臣淵、呉の皇帝陛下に、心より臣従するつもりでございます』

 この態度に、孫権は心中では有頂天になっていた。だから、張弥(ちょうび)と許晏(きょあん)を派遣しようとする。だが、これに張昭が再度猛反対した。

 「公孫淵が考えているのは、魏へ存在感を示すことです。今、諸葛亮が何度も北伐と称した侵攻を行っており、魏は兵を遼東へ向けられないのです。だから暴れて、東夷と洛陽を分断する勢力に伸し上がりたいだけで、呉は出汁(だし)に使われるだけですぞ」

 それでも孫権は肯(き)かず、張弥と許安を派遣した。それに怒って、張昭は屋敷に蟄居(ちっきょ)して宮廷へは顔を見せなくなった。

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「「さすれば呉は繁栄して魏や蜀を凌ぐことができよう」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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牛島 信 弁護士