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「泥仕合を避けるため敢えて推薦いたします」

【169】第三十六章 陸遜1

2013年4月30日(火)

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【168】第三十五章 張昭5から読む)

 陸遜(りくそん)は、孫権の部下となって因果なものだと思った。

 「陸績(りくせき)というのは、弟か?」
 「いえ、父親同士が従兄弟の関係です」

 「まあ、一族であるな。ああゆう輩も使いようだが、建前ばかり言うやつは、寡人は好かぬ」

 陸績が、孫策の幕閣に設けられた査問委員の末席を穢すようになったのは、昨年のことだった。張昭周瑜魯粛らがいる所では、周辺の軍閥をいかに武力で捩(ね)じ伏せるかが話し合われていた。

 そのとき最年少の陸績は、『文徳を修めて、敵を臣従させるべきであり、御議論には賛同しかねる』と意見を述べたらしい。あまりの正論に張昭も頭を掻き、また、孫策も口をあんぐり開けただけだった。

 そして半年後、孫策が長江の氾濫原で狩の最中に暗殺されると、孫権が総領の座に着いた。彼は陸績を古今の文書を整理して、総領の諮問に応える文書の整理係にした。

 「『一族に推薦したい者がいるか?』と問うと、おぬしの名を出しおった」

 「それは知りませなんだ。感謝せねば」

 「ところで、おぬしの方が年長か?」

 孫権が訊いたとおりである。

 陸遜の出身地は、もともと呉県(蘇州)である。当地で陸氏と言えば名門だった。彼の父(陸駿・りくしゅん)は九江郡(きゅうこうぐん・安徽省中東部)都尉(軍の軍事部門の長官)になったが、その地で病没した。

 陸遜はまだ少年だったので、本家筋で廬江郡(ろこうぐん・安徽省中西部から湖北省東部)太守(行政の長官=知事)の陸康(りくこう)を頼ったらしい。

 当初、陸康は周辺を牛耳っている軍閥袁術と昵懇だったが、食糧の供出に関して無理を言われ、だんだん不仲になったため、袁術麾下だった孫策に、治所の舒県(じょけん)を攻められたりしている。

 そのとき、陸遜は陸績を連れて呉県へ避難させられたのだ。

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「「泥仕合を避けるため敢えて推薦いたします」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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