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「正室の身分を、わきまえろ!」

【176】第三十八章 曹爽1

2013年5月13日(月)

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【175】第三十七章 蒋エン4から読む)

 曹真(そうしん)はもともと秦氏で、曹丕や曹彰らと同じ世代である。彼の父親は曹操を匿って自らが曹操だと言ったための殺害された。それゆえ曹操は、曹姓を与えて我が子同然に可愛がって育てたという経緯がある。

 彼は勇猛で、狩に行った際、虎に追われたことがあった。だが、振り返りざま弓で虎を、美事射止めた逸話を持つ。曹操の親衛部隊を『虎豹騎』といい、曹真が隊長を務めたのはこのことによる。

 曹爽(そうそう)は彼の長男なので、曹操の孫となる曹叡らと、同じような年回りであった。少年時代から、二人はギョウ(業/大里)の銅雀台で一緒に遊んだ仲である。

 一時、曹叡は父親の曹丕から冷たくあしらわれた。それは甄夫人と曹植の間にあらぬ噂がたったからだ。『洛神の賦』の女神が、シン夫人を描写していると言われ、曹丕は不快感を示した。

 だが、これは曹植との浮気を疑ったのではない。宮廷において、そのようなことは、不可能である。だが、曹植に、甄夫人と生き写しの描写をされて、曹丕は面白くなかったのだ。それは、描写力そのものが卓越していたからでもある。

 正室が曹植の賦の素材になったことと、その表現が上手であること、この二つが相俟(あいま)って曹丕は、曹植も甄夫人も許せなくなったようだ。

 甄夫人のもとへ通わなくなると、自然に曹叡とも顔を会わす機会が少なくなる。すると宮廷人も敏感で、現金にも曹叡と距離を措く者が増えだした。だが曹爽だけは、そのようなときも曹叡と遊んだ。

 曹丕の側近には司馬懿(しばい)がおり、彼は曹爽より一世代上の年回りである。建安21年(216年)、曹操が魏王に昇った頃から、太子の問題が降って湧いた。当時、曹操は詩歌の会を催し、曹植の天才的な詠じ方を愛した。だから、曹植を太子に据えようという話が浮かんでは消えた。

 もっとも、王の器は、詩歌の出来映えで決めるものではない。このような話は、曹操自身が詩人として、そこそこの技量があったから生まれた話だ。

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「「正室の身分を、わきまえろ!」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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