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「朕の亡き後を、曹叡に托す」

【177】第三十八章 曹爽2

2013年5月14日(火)

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【176】第三十八章 曹爽1から読む)

 ある時曹爽(そうそう)は、曹叡が狩に行くのに付き合った。それは、彼個人の狩猟ではなく、軍事操練としての巻き狩りである。

 曹爽が曹叡の傍にいると、親子の鹿が現れた。そこへ、皇帝丕がやって来て親鹿を射ると、矢は紛うことなく首に当たって親鹿は絶命した。

 「どうだ。腕は落ちておらぬだろう。おまえは、子鹿を射てみよ」

 久し振りに父から声を掛けられたが、曹叡は首肯することができない。

 「主上は、既に母親を射殺されました。私はその上、その子を殺すに忍びませぬ」

 その一言に、曹丕は弓を投げ出して狩を中止した。傍にいた曹爽は、全身に冷や汗を流した。またしても、甄夫人同様に曹叡までもが、皇帝の勅勘を蒙らないかと心配したからだ。だが、そのときの皇帝丕は、決して怒ったわけではなかった。

 彼の表情に、幽(かす)かな後悔と羞恥の表情が宿ったことに曹爽は気づいていた。

 実はこの日、皇帝丕が仕立てられた馬に乗ろうとすると、彼の狩衣に焚き込められた香を馬が嫌って、彼に噛みつく事件があった。皇帝丕は即座にその馬を殺して、新たな馬に乗り換えてきたのだ。

 つまり、狩の始まりから、験(げん)が悪かったことになる。

 「私と付き合っても、そなたに利益はない。離れてくれてもいいのだぞ」

 曹叡はそのように言うが、曹爽としても現金な宮廷人にはなりたくない。若い頃の彼には、まだその程度の気概はあったようだ。

 「何をお言いです。人生、何事が起こるか判らぬものです。主上とて、初めは庶子の一人であらせられたのでしょう?」

 曹爽が言うのは、曹操には最初劉夫人との間に曹昂と曹シャク(金/楽)という息子がいた。劉夫人と曹シャクは夭逝するが、曹昂は丁夫人に育てられ部将として成長した。

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「「朕の亡き後を、曹叡に托す」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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