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「劉備殿は客将としてのみ益州へ来られるのでしょうか?」

【182】第三十九章 費イ(示/韋)2

2013年5月21日(火)

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【181】第三十九章 費イ(示/韋)1から読む)

 「我は、劉備殿と誼(よしみ)を通じるために、寄り道しておりました」

 曹操が赤壁で撃退されて、張松は方針を変えていた。益州牧劉璋も、それに賛同する。

 「水軍と南方の食べ物に不慣れだったのが、曹公の敗因だったな」

 董允は、そのような分析をしていた。

 「それもあるが、もっと根本的なことは、大軍を擁しているという驕りだ」

 費イ(示/韋)が更に付け加えるのを、董允は納得して聞いていた。

 劉璋が言うのは、一旦は中原へ引っ込んだ曹操よりも、今意気上がる劉備を使って五斗米道を殲滅しようとの考えだった。

 その方針には、真っ向から猛反対する意見が続出した。理由は明白で、領地を持たない軍閥の劉備を入れれば、これ幸いとどこかへ立て籠もるというものだ。

 「劉備殿は、寡人と同じ漢帝室の流れを汲む一族である。そのような不義理は考えられぬ」

 この意見に費イなどは、あまりにも楽観的な性善説だと呆れたものだが、一度劉備の人となりも見るべきかと思った。

 すると、劉備への正式な使節としての張松に、随行を許された。張松は数年前、曹操への使節にもなったが、まともに相手にされなかった苦い経験を持っていた。

 「あのときは、随分蔑(さげす)みの目で見られたものだった。呉と連合した劉備殿は、よくぞ曹公を撃退してくれたものだ」

 費イは、張松の複雑な気持が判った。それだからこそ、張松は劉備に期するものがあるのだろう。

 さて、劉備と会って意向を打診すると、提案を彼の部将たちとの軍議にかけてくれた。

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「「劉備殿は客将としてのみ益州へ来られるのでしょうか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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