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「諸葛亮はどうして出兵せぬのか?」

【183】第三十九章 費イ(示/韋)3

2013年5月22日(水)

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【182】第三十九章 費イ(示/韋)2から読む)

 「行政に関しては、問題なき限り前任者の仕事を踏襲する」

 劉備は農業生産の詳細な記録や、税収の明細などは諸葛亮に一任した。そのような事務を整理するのに、馬良(ばりょう)や蒋エン(王/宛)、費イ(示/韋)、董允らが使われた。

 「荊州南部と益州南部の兵糧が得られれば、北部の漢中を落とすのも遠い話ではない」
 諸葛亮はそう言うが、若手の馬良、蒋エン、費イ、董允らは、呉から租借した南荊州の存在が大いに気になるところだった。

 誰かがその点を恐る恐る訊ねると、諸葛亮は胸を張って言う。

 「もともと、彼の地は荊州牧の劉表殿の支配下にあった。それを継承すべきは、長男の劉キ(王/奇)殿だった。益州牧(劉備)は、その後見人をしておられ、赤壁の戦い後の平定は、我らがしたのだ。もう少し、借用したとて、罰は当たらぬ」

 もっともらしい説得だったが、若手たちは釈然としないものがあった。正当な理屈なら、呉に正式な申し入れをして然るべきだったからだ。当時の状況を考えれば、呉の兵力があったからこそ、曹操を相手に出来たのだ。

 それでも、関羽が荊州支配の実績を積み重ねていた。とにかく、梃(てこ)でも荊州は離さぬという意気込みだけはあったのだ。

 農産物と徴税の帳簿が把握できた。

 ここで、事務処理が一段落して、費イと董允は部署を移らされた。新たに配属されたのは、劉禅(りゅうぜん)のお守り役であった。

 まだ、ようやく十歳になったばかりの劉備の長男は、おっとり育った美食家であった。勉学も武道も、今一つ興味はないようだ。そして何かに付けて、熱心さに欠ける性格であった。

 かといって意地の悪い性格ではなく、素直さもあった。費イや董允にとって、扱いにくい少年ではなかったが、理解力の遅さに苛立つことは多々あった。

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「「諸葛亮はどうして出兵せぬのか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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三品 和広 神戸大学教授