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ジュリエッタの愛の鎖

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(9)

2013年4月16日(火)

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『プラークの大学生』の鏡像の活動

 この物語では、シャミッソーの『影をなくした男』の影とは違い、影像が主人公に劣らぬ活躍をするところに大きな違いがある。『影をなくした男』では影は、悪魔のポケットに畳み込まれていて、悪魔の動きに影としてしたがうだけだった。しかしこの物語では、影が主人公に劣らず、欲望を満たそうと勝手に活動するのである。その意味では主人公も影も、欲望のエスの審級を担っていると言えるだろう。また影がその行動によって、主人公の欲望の愚かしさを示すという意味では、第一類型のような超自我の審級を裏返して示しているとも言えるだろう。

 たとえばあるパーティで主人公は自分の影と出会う。この影はもはや影ではなく「生命の燃えるようなエネルギーを発散していた」[1]。主人公はそれと気づかずにその人物の顔を見て、恐怖に襲われる。「なぜなら口の片隅に嘲るような色を見せて、音もなく彼のそばを通っていったのは、バルドゥイン自身だったからだ。もう一人の自分、彼が売り飛ばした自分の鏡像だったからだ。そいつはいまやスカピネッリ老人の支配下にあって、夜な夜なさまよいでて、勝手に生活をし、恐ろしいことをやらかしているように思われた! 自分の魂の一部、彼が売り渡した血のしたたる自我の一部が夜の深みから浮かび上がってきて、彼に復讐しようとしているような気がした」[2]

 売り渡した影は本人のすべての欲望を知っている。その影が売り渡されことを恨んで復讐しようするならば、影はどんなことでもできるだろう。そして影はたんなる影ではなく、身体をもち、強いエネルギーを発している一人前の人間なのである。主人公の恐怖も理解できるところである。

売り渡された影の復讐

 この復讐は早速実現された。主人公は、伯爵令嬢を夜の墓場に呼び出してくどいた。このくどきはきわめて効果的であった。しかしそのことが婚約者の男爵に知られてしまい。男爵は決闘を申し込む。主人公はサーベルの名手であり、決闘に応じる。そのことを耳にした伯爵は、男爵が自分の妹のただ一人の子供であることを告げて、どうか殺さず、不具にしないでくれと、バルドゥインに頼みこむ。バルドゥインは「名誉にかけて」[3]そのようなことはしないと誓ったのだった。

 しかし、である。決闘の場に赴く途中で事故で遅れてしまったバルドゥインは、忌まわしいものを目撃する。決闘の場の近くで、血に染まったサーベルをハンカチで拭っている男の姿を見たのである。そして「ハンカチを草むらの中へ投げ捨てたとき、男は満面に嘲るような笑みを浮かべていた」[4]のである。バルドゥインがあわてて決闘の場にかけつけてみると、伯爵が甥の死体を前に、祈りを捧げていたのだった。

 主人公は、「さっき自分の横を通り過ぎ、サーベルから滴る血を拭いながらにたりと嘲るように笑いかけたあの幽霊はいったい、誰なのだ? おれではない、違う、違う。いや、やっぱりあれはおれだったのだ」[5]と呟きながら、よろめきつつ帰途についた。そして後日、謝罪に伯爵家を訪れても、剣もほろろに追い返されるのだった。もはやバルドゥインは伯爵家には一歩も足を踏みいれることができなくなっていた。それではホフマン「大晦日の夜の冒険」の第四章の続きをお読みいただこう。エラスムスはやがて完全にジュリエッタの虜になっていった。

[1]H・H・エーヴェルス『プラークの大学生』創元推理文庫、103ページ。
[2]同、103-104ページ。
[3]同、124ページ。
[4]同、129ページ。
[5]同、130ページ。

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「ジュリエッタの愛の鎖」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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