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鏡像との離別の約束

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(10)

2013年4月23日(火)

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分身の死

 分身ものの先駆的な作品であるこの『プラークの大学生』の物語の結末を確認しておこう。主人公のバルドゥインは影に連れられて、悪魔の祝祭を目撃する。そこには愛する伯爵令嬢マルギットがいて、老人の姿をした悪魔のスカピネッリに身を汚されようとしていた。主人公はこれは夢だと自覚したが、心配になって深夜ひそかに令嬢の寝室を訪れる。そしてすべてを告白するのである。

 令嬢は、その夜の夢の中で、主人公が語ったのとまったく同じ夢をみてうなされていたために、彼の言葉を信じようとする。しかし彼がその証拠として自分の鏡像の不在を見せると、「胸のはりさけるような悲鳴をあげ、気を失ってたおれた」[1]のだった。

 影につきまとわれ、令嬢とともに逃げる見込みもなくなったバルドゥインは、遺書を書いてピストルで自殺しようとする。そこにふたたび影が現れて嘲笑する。バルドゥインはかっとして影をピストルで撃ったのだった。すると影は見えなくなった。これで影から解放されたのかと、鏡の覆いを外してみた。

 「最初に自分の手が映ったとき、ほとんど幸福で信じられないほどだった。力をこめてカヴァーをひきはずすと、そこに自分が立っていた。それは鏡像であり、彼に向かって幸福そうに笑いかけてきた」[2]。彼はついに鏡像の呪いから解かれたのである。「助かった! 呪いが破られた! これでまたおれは生き、幸福になれるぞ! マルギットを妻にしよう! おれの姿、おれの姿が鏡に映っている。すべての苦しみが終わったんだ!」[3]と有頂天になる。そう、すべての苦しみは終わったのである。ふと力が抜けるのを感じたので椅子に座ろうとしたが、椅子までたどりつくこともできなかった。

 「急に温かい液体が胸から滴りおちた。手をさしこんで、チョッキを開けてみると、シャツが血でそまっているのが分かった。目の前がぐるぐる回り、片手で椅子の背もたれにしがみつきながら、その横に倒れた。倒れながらも彼には、自分の弾丸はあいつに当たったが、やはり自分にも当たったことが分かっていた。自分は、あいつでもあり、あいつは? この謎は永遠に解けないままだった」[3]。

 この分身の物語では、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」と同じように、主人公は分身を殺すことで身を滅ぼす。ポーの場合には超自我としての影が死んでも、主人公はすぐに死ぬことはなかったが、エスと自我が一体になったこの物語では、影の死は同時に主人公の死なのである。

 それではホフマン「大晦日の夜の冒険」の第四章の続きをお読みいただこう。故郷に帰ろうとしていた主人公は、バルコニーから声をかけられてジュリエッタの家に入り込んでしまう。ジュリエッタはことさらに愛らしく振る舞って、彼を虜にする。やがて彼を窮地に追い込むために、ひそかな罠が用意されていたのだった。彼は自分が人殺しだと信じ、国を去らねばならない窮地に立たされるのである。そこでジュリエッタは一つの重要な頼みをするのである。

[1]H・H・エーヴェルス『プラークの大学生』創元推理文庫、170ページ。
[2]同、177ページ。
[3]同、178ページ。

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「鏡像との離別の約束」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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