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「憎い夫人が産んだ公子など主上の眼中にはなかろう」

【192】第四十一章 毋丘倹2

2013年6月4日(火)

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【191】第四十一章 毋丘倹1から読む)

 毋丘検(かんきゅう・けん)は祝いを言いたくて、朝食を終えると曹叡の屋敷を訪れた。曹丕が魏国の太子になった4年後の建安25年(220年)、曹操が病没した。それにともない、曹丕が自動的に魏国王に即位する。

 だが、彼はそれだけに留まらず、漢の皇帝協に禅譲を迫った。つまり、ここで漢帝国は滅ぶのである。魏が、漢に取って代わったのだ。都は、許から洛陽へ移された。

 魏の皇帝丕が出現することにともなって、曹叡は公子(皇帝の息子)となる。毋丘倹はそれが嬉しくて、一言添えようとしたのであった。

 応対に出てきた侍女は、裏庭へと案内してくれた。どうやら、曹叡がそちらにいるらしい。その予想は当たったが、毋丘倹は思いもせぬ曹叡の姿に、口をぽかんと開けて見つめてしまった。

 「早いではないか」

 そう言う公子は髪の束ねを解いて、梳(す)いていた。いや、侍女が櫛(くし)を入れるに任せていたのだ。すると、背丈程もある彼の髪が、地面に付きそうだった。

 毋丘倹は、女性とも見紛う曹叡の姿に、一瞬照れてしまった。

 「お取り込み中、申し訳ございませぬ」

 身繕(づくろ)いの最中なので、毋丘倹は遠慮して戻ろうとした。

 「構わぬ。他ならぬおぬしだ。言いたいことがあれば、聞こうではなかいか」

 曹叡は床几に腰を掛け、髪を結い上げられていく。束ねられた髪が顔面に輪郭を作り、彼の容貌を仕上げていく。

 「いえ、吾はただ、おめでとうございますと言いたくて、罷り越した次第です」

 最後に冠を被った曹叡は、じっと毋丘倹を見つめる。いつもながら、凛々しい顔立ちであった。『天姿秀出(てんししゅうしゅつ・持って生まれた眉目秀麗な容姿の意)』とは、曹叡を褒めるためできたことばである。

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「「憎い夫人が産んだ公子など主上の眼中にはなかろう」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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