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「主上が、廃位されたもようです」

【199】第四十二章 諸葛誕4

2013年6月13日(木)

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【198】第四十二章 諸葛誕3から読む)

 王凌の祟(たた)りでもあるまいが、司馬懿(しばい)も同年の秋に薨去(こうきょ)した。当主は司馬師が受け継いだ。長子であるから、それは当然の成り行きである。

 司馬師も容姿に評判があったが、それよりも冷静沈着で深い先読みに信頼があった。諸葛誕は王凌の一件で、鎮東将軍・仮節都督揚州諸軍事(呉の侵攻に備える軍事責任者)に出世し、合肥新城へ赴任した。

 一方、令孤愚(れいこ・ぐ)や王凌のように、魏皇室に忠誠を誓う者たちや司馬氏と距離を置く者は、皇帝芳(ほう)の立場は何も変わっていないと冷ややかだった。

 翌嘉平4年(252年)、司馬師は大将軍に昇進したが、司馬氏専横との不満がますます渦巻きだす。そんなとき、呉の皇帝(孫権)が崩御した。

 「この機会に、魏は荊州や揚州から圧迫をかけるべきだ」

 魏軍を統率する立場の司馬師もそれに同調し、呉に向けて攻撃軍を調え始めた。すると、呉は帝位交替時に付け入られまいと、呉将の諸葛恪が長江を越えて出張ってきた。当然ながら、諸軍事たる諸葛誕の出番である。

 「一族相手では、戦意が萎えましょうな?」

 妙な嫌味を言うのは、部将の文欽(ぶんきん)だった。彼は武勇に優れていたが、礼節を弁(わきま)えぬ欠点があった。

 勉学など埒外(らちがい)の無骨な叩き上げだが、曹操や曹爽と同郷だったことも手伝って、ここまで出世してきたのだ。

 「余計なことは言わず、敵に当たるまでだ」

 諸葛誕の応えを、文欽は鼻で嗤った。彼らは、互いに反りが合わぬと思い合った。この感情は、即座に戦いで出てしまった。

 同年の冬、諸葛恪の鎧を着けぬ軽装の奇襲を、諸葛誕は一瞬侮(あなど)ったために受けきれず、敗戦を喫した。司馬師は、ここで諸葛誕を更迭する。彼は、鎮南将軍・都督予州諸軍事への転任を命じられた。

 彼の後任は毋丘倹(かんきゅう・けん)で、丁度、互いに持ち場を入れ替える格好となった。いや、都督揚州諸軍事の座には、ちゃっかりと文欽が座った。

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「「主上が、廃位されたもようです」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員