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「引き返してきて不意討ちを狙っているのかもしれません」

【204】第四十三章 トウ艾4

2013年6月20日(木)

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【203】第四十三章 鄧艾3から読む)

 嘉平元年(249年)は、司馬懿(しばい)が曹爽一派を葬り去って、政権を完全に抑えた年である。ただ、それは世間の誰もが納得するものではなかった。

 かといって、曹爽に人気があったわけでもない。ただ、魏に忠誠を誓った曹家を崇める者たちは、かなり冷ややかに見ていたのだ。つまり、曹爽も司馬懿も、皇帝芳を蔑(ないがし)ろにしていることに変わりはないと。

 この年、蜀の衛将軍となった姜維(きょうい)が、異民族の反乱鎮圧を名目に、武都郡あたりへ侵出してきた。無論、北伐を視野に入れての偵察であることは判っている。

 司馬懿は、将軍の郭准(かくじゅん)と夏侯覇(かこうは)を派遣して、それを喰い止めようとした。ところが、あろうことか夏侯覇が蜀へ亡命してしまった。

 そこで、鄧艾(とうがい)に出動命令が出たのである。

 彼は郭准と合流し、姜維と対峙した。このとき、自ら描いていた周辺の地図が役立ち、姜維の先回りをして有利な所に陣地を構えたため、姜維は退却した。

 「丁度良い。あいつが討伐しようとしていた羌族を懐柔して、魏軍の味方に付けるか」

 郭准が気軽に言うのは、彼も昔この辺を戦場としていて土地勘があったからだ。だが、鄧艾は自ら作った地図を眺めて懸念を言う。

 「姜維は、あまり険しくない道を選んで退却しました。これは、引き返してきて不意討ちを狙っているのかもしれません」

 郭准は兵を割き、鄧艾に陣地を構築させてくれた。数日すると、果たして姜維が戻ってきた。彼も、周辺の地理には詳しいらしい。だが、鄧艾には違和感があった。

 兵力は姜維の方が多いのに、川を挟んで攻めてこないからだ。それは鄧艾を釘付けにして、他の砦を襲いたいかららしい。

 「トウ(三水/兆)城を襲うつもりだ」

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「「引き返してきて不意討ちを狙っているのかもしれません」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師