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「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」

【206】第四十四章 姜維2

2013年6月25日(火)

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【205】第四十四章 姜維1から読む)

 諸葛亮の北伐は、その後4回、計5回行われた。その度に、姜維(きょうい)は諸葛亮の傍近くで従軍した。お蔭で蜀の桟道を何度も往復して、軍事的に合理的な動きを身に付けていった。

 それは諸葛亮が、姜維の才覚を評価した表れともいえる。

 「あいつが、馬謖に代わるお稚児さんか」

 姜維が諸葛亮に目を懸けられているのを僻(ひが)む連中は、そのようにやっかんだ。だが、姜維は気にせず役目だけをつづけた。吸収することが多かったからだ。

 3度目の北伐で、諸葛亮(蜀)は武都郡や陰平郡を併合し、4度目は馬謖の仇、張ゴウ(合/大里)を討ち取る戦果をあげた。

 ただ、姜維にとっての収穫は、諸葛亮が考案した木牛(もくぎゅう)や流馬(りゅうば)であった。

 これは現在の猫車(リヤカー)に似た木製の運搬器具である。これを使うことによって、物資輸送の不便な桟道での輜重移動が、量と速さの両面で容易になった。

 5度目の北伐を、姜維は諸葛亮の最後の賭と見ていた。もう建康状態も悪化しているのが、傍にいるとよく判る。痛み止めらしい嫦娥散(じょうがさん)なる薬を、ときおり使っていることも知っていた。

 しかし、姜維には詳細を知らせなかった。恐らくは、常用することの副作用がだんだん判ってきたからだろう。それは、精神力で抗えないものだからだ。

 世に『五丈原の戦い』と言われる睨み合いは、異様な膠着戦だった。それは、侵攻した側が高台に陣取って籠城したからだ。主な目的は魏に、攻撃させて消耗させることだ。

 願わくは、呉がその背後を突いて、魏を更に混乱させたかったのだ。

 大局を見渡せない将軍なら、その術中に嵌ったことだろう。だが、司馬懿はそんな策戦など、疾くに見通していた。だから、諸葛亮の挑発には一切乗らなかった。

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「「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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