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「成都を攻め落とすのは今しかないのだ」

【213】第四十五章 鍾会4

2013年7月4日(木)

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【212】第四十五章 鍾会3から読む)

 諸葛誕が寿春で反旗を翻すと、喜んだのは呉だった。当然ながら諸葛誕へ加勢するために、兵を繰り出してくる。中でも、毋丘倹(かんきゅう・けん)の乱で亡命した文欽が、一番に手勢を引き連れてやって来た。

 他には将軍の全ソウ(王/宗)の一族、全懌(ぜんえき)や全静(ぜんせい)、全端(ぜんたん)らも救援に駆けつけていた。

 ところが、建業にいて留守を護る立場の全輝や全儀が、相続に関する全一族の争いに巻き込まれ、彼らは身の危険を感じて、あろうことか魏側へ亡命してきた。

 鍾会は、彼らの行動を利用することにした。彼は文章を認(したた)めさせて、彼らの従者に持たせて敵陣へ行かせた。

 「呉の宮廷では、『寿春の反乱を利用して、呉軍に魏側へ攻撃させていたが、全一族の部隊は一向に戦果を上げていない』と、烈しく非難をしております」

 「何と心外な。それで、どうなろう?」

 「はい、全一族は突きあげられ、建業では、処刑が始まりかけています」

 従者が内容を掻い摘んで話すと、書面を見た全懌は腰を抜かさんばかりに愕いた。そこには全輝と全儀の筆跡で、切羽詰まったようすが訴えられていたからだ。

 こうして全一族の部隊は魏側に投降し、反乱軍は大きく動揺した。魏軍は反乱軍を外側から包囲していった。すると、食糧不足も重なって諍(いさか)いが起こり、諸葛誕が文欽を斬るに至った。ここで、文欽の息子たち(文鴦と文虎)が、魏に投降してしまう。

 鍾会は一計を案じ、これまでの彼らの罪を不問に付すよう司馬昭に提案する。司馬昭が許可を出すと、鍾会は2人に馬を宛(あて)がって諸葛誕の陣営近くで呼ばわらせた。

 「文欽の息子でも許されたのだぞ!」

 この言葉に投降者が相次ぎ、諸葛誕も討ち取られて乱は鎮圧された。これで鍾会の名は上がり、彼は領主貴族の身分を得た。

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「「成都を攻め落とすのは今しかないのだ」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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