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息子のいたずら

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(12)

2013年5月7日(火)

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契約としてのドリアンの祈り

 すでに紹介したように、ドリアンは自分にそっくりの分身を描いてもらった。そして「ぼくは本物にほんとうによく似ていますか」と尋ねると、「すくなくとも外見は似ている。けれど、絵のほうのドリアンはどんなことがあっても変わりはしない」[1]と告げられる。

 しかしドリアンはその逆であることを願っているのである。絵が変わって、自分が変わらないでいられたならば。そして絵を前にして、逆になるように祈ったのである。「いつかはぼくが失ってしまわねばならないものを、なぜこの絵はいつまでも持っているのだ? 過ぎ行く一瞬一瞬がこのぼくのからだからなにかを奪いさり、なにかをぼくの肖像画につけ加えるのだ。ああ、もしこれが逆であったら! 絵のほうが変化して、ぼく自身はいつまでも現在の姿のままでいられるのだったら!」[2]

 この絵を前にした祈りという契機があるので、この物語は分身が意図せずに生まれる第一類型や第二類型の分身小説とは異なり、第三類型の「欲望とその影」に分類されるだろう。しかしこの分身はきわめて異様である。変化していく分身としての絵は、主人公にその罪を自覚させる超自我のような働きをするからである。

肖像画の変貌

 具体的にみてみよう。ドリアンはある日、芝居を観劇して、すばらしい才能のある女性をみつけ、一目惚れする。相手の女性も、美男で貴族のドリアンに一目惚れする。ドリアンは彼女に本気で結婚を申し込むつもりである。そしてパトロンに、その女優をみてほしいと、劇場に同伴する。しかしである。その日の彼女の演じるジュリエットは、いかにも凡庸だった。彼女は初めて本気で恋をしたのである。「おかあさん、おかあさん、あたしほんとうに幸福なの!」[3]というのが偽りのない彼女の気持ちなのである。

 あまりの出来のひどさにドリアンが彼女を問い質すと、彼女はこう答える。「ペンキで塗り立てられた背景があたしの世界だった。あたしはただ物の影だけしか知らずにいて、その影を現実だと思っていた。そこへあなたが現れたの、ああ、あたしの愛する美しい方! そしてあなたはあたしの魂を牢獄から解放してくれた。現実とはほんとはどういうものであるかを教えてくれた」[4]

 彼女は恋をして、「醜い老人がお化粧をけばけばしく塗り立てて」[5]演じているロメオを相手に、ジュリエットのお芝居をする空しさを知ったである。「舞台は嫌い。自分で感じない情熱なら猿真似もできるでしょうけれど、わが身を焔のように焼き尽くす情熱は真似などできない。……たとえあたしにそれができたとしても、愛のお芝居をするのは冒涜だわ。あなたのおかげでそれがわかったの」[6]

 しかしパトロンを招いて恥をかいたドリアンには、愛する者が「影」のような存在から、現実に生きる人間となったことを許すことができない。そして冷たく突き放す。「芸術なしのきみは無だ。ぼくはきみを有名にし、栄光と壮大を与えたかったのだ。全世界がきみを崇拝し、きみはぼくの家名をなのるはずだった。ところが、いまのきみはなんだ? 顔だけきれいな三流女優じゃないか」[7]


[1]オスカー・ワルイド『ドリアン・グレイの肖像』福田恆存訳、新潮文庫、65ページ。
[2]同、59ページ。
[3]同、122ページ。
[4]同、172ページ。
[5]同。
[6]同、173ページ。
[7]同、174ページ。

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「息子のいたずら」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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