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「主上ともあろうお方が笑止でございましょう」

【220】第四十七章 陸抗1

2013年7月16日(火)

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【219】第四十六章 司馬昭5から読む)

 『三国志』が終盤に向かう3世紀の後半は、ローマ帝国内でキリスト教徒に対する大迫害が始まった時代と重なる。

 中東では、226年にパルチアを滅ぼしたササン朝ペルシアが隆盛になってきていた。こちらの国教は、ゾロアスター教である。

 さて、陸抗の父陸遜が、二宮事件に巻き込まれて憤死したのは、赤烏8年(245年)流刑地においてでである。そこがどこなのかは、史書は伝えていない。

 だが、皇太子(孫和)の太傅(たいふ・養育係)吾粲(ごさん)と頻繁に手紙の遣り取りをしていたというから、それほど遠方ではなかろう。

 皇帝権に詫びを入れれば、直ぐに復帰させてやるとの配慮もあったはずだ。ならば、彭蠡沢(ほうれいたく・現在のハ=番/大里=陽湖・はようこ)の南あたりと推察できる。

 「年長の和様を皇太子にお立てになるのは理に適っております。ならば、他の公子(孫覇や孫亮)と待遇に差を付けるのが道理です」

 正論を言い募る陸遜に対し、孫覇を贔屓(ひいき)したい皇帝権の感情は逆撫でされたのである。だから彼も、陸遜に対して意地になっていたきらいはある。

 「おまえの父親は、なぜ朕に逆らった?」

 陸抗は、父陸遜の亡骸を故郷の呉(蘇州)に埋葬したいと、皇帝権に許可を願い出た。すると彼の第一声は、陸遜を詰(なじ)った台詞になった。だが、目には涙がある。

 「父は、長幼順の太子冊立と、公子との待遇を区別するよう訴えていただけです」

 陸抗の応えは、確かにそのとおりである。だが、楊竺(ようじく)らが言い募った陸遜の謀反を疑う内容を問い質した。

 「なぜ、武器を集めていた?」

 「これは、主上ともあろうお方が、笑止でございましょう。父は丞相職を拝命しながら、武昌にて都督役も仰せつかっておりました。荊州にて魏や蜀との攻防は図り知れませぬ。それゆえ、消耗する武器を補充していて、何の不思議がございましょうや?」

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「「主上ともあろうお方が笑止でございましょう」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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