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「劉備と諸葛亮らが築いた蜀が跡形なく消えるのか?」

【223】第四十七章 陸抗4

2013年7月19日(金)

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【222】第四十七章 陸抗3から読む)

 「先帝だった会稽王(孫亮)が、もう一度皇帝に返り咲くって話だ」

 永安3年(260年)、そのような噂が飛ぶのは、浦里塘(ほりとう)の工事が人々を圧迫していたからだ。しかも、孫亮の近辺から流れ出した可能性がある。最近の彼は加持祈祷に凝り、皇帝休を呪っていると告発があったのだ。

 そこで皇帝休は、孫亮を王から侯に降格させ、会稽から他国に封地を換えた。すると孫亮は、移動の途中で病没した。

 陸遜は、魏と蜀の攻防を気にかけていた。秦嶺山脈あたりで魏と蜀がぶつかって、蜀の桟道を魏の大軍が越えているという情報が入ってきたからだ。話が本当なら、蜀側の防備は手薄になっている。

 永安6年(263年)陸遜は、長江上流の永安あたりから、兵を入れてみた。だが、蜀の反応は鈍かった。そこでもっと間者を放ってみると、愕くべき報告がきた。

 「蜀の皇帝が、魏将の鄧艾(とうがい)に降服いたしました」

 ここから、鄧艾の捕縛や、鍾会(しょうかい)と姜維(きょうい)の独立の企てがあるが、ここでは詳細を省く。

 「劉備と諸葛亮、それに関羽や張飛、趙雲らが築いた蜀が、これで跡形なく消えるのか?」

 陸抗は、父陸遜が相手にした蜀の人材を脳裏に浮かべてみた。彼が生まれる前に他界した者らも多い。だが、名は語り継がれて今でも生きていた。

 皇帝休は古典研究に没頭していて、政は信任篤い丞相の濮陽興(ぼくようこう)や、将軍の張布(ちょうふ)らに任せていた。

 勢い彼らが国権を専断するが、以前の孫峻や孫リン(王/林)に比べれば、横暴振りは可愛いと比喩できた。

 翌永安7年(264年)、皇帝休は病のため崩じた。享年30と若かったが、古書を渉猟して好きな時間を過ごて幸福だったろう。

 皇帝の交替劇があるときは、他国の侵略に気を付けねばならぬ。そこで陸抗は、上流から下流まで長江一帯の防備を厳しくした。

 だが、蜀が滅亡した中で、魏では内部から脱皮するごとく、晋が大きく殻を破ろうとしていた。司馬昭が、皇帝奐に禅譲を迫る時期を、秒読みで覗っている最中だった。

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「「劉備と諸葛亮らが築いた蜀が跡形なく消えるのか?」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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川野 幸夫 ヤオコー 会長