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「今に、魏が攻めてきますぞ!」

【227】第四十八章 劉禅4

2013年7月25日(木)

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【226】第四十八章 劉禅3から読む)

 劉禅は黄皓に言いつけて、鍾会なる人物を調べさせたが、まだ尚書中書侍郎(しょうしょちゅうしょじろう・皇帝の秘書官)の青年だった。だが、酔っていたときとはいえ、夏侯覇が名を口端にするのだから、憶えておこうとは思った。

 但し、これから後は、魏で内乱が頻発していく。まずは延熙14年(251年)、王凌や令孤愚が司馬懿を打倒して、皇帝芳を楚王曹豹と箝げ替える隠謀があったが、事前に露見して鎮圧された。

 そして、同じ年に司馬懿が卒して司馬師が嗣いだ。また、翌年には、呉の皇帝権も崩じたことで、蜀重臣の関心事が他へ移った。つまり、魏と呉の重要人物が他界したことで、蜀への危機感が薄らいだように思えたのだ。

 劉禅は、成都にさえいれば身は安全と、外交など全く関心の埒外である。そんな中に、蜀では珍しく血腥い事件が起こる。

 夏侯覇の亡命以来、魏から蜀へ移ってくる者が増えた。司馬師に人気がなく、彼らと確執のある者が多いと、蜀の重臣は判断している。郭循も、そんな一人と思われていた。

 延熙16年(252年)、年始の宴も酣(たけなわ)のとき、その郭循が酔った振りをして大将軍の費イ(示/韋)に近づき、短刀で一刺しにしたという。無論、直後に取り押さえられ、即座に処刑されている。

 劉禅は、現場近くにいて、蒼白になっていた。彼は酔いが一度に醒めて、後宮で姫妾たちに囲まれて震えていたらしい。

 背後関係は判らないが、魏では郭循へ追贈していた。つまり、死後に位が上げられて、遺族が報奨金を受け取ったわけだが、それも司馬師の演出かもしれない。

 つまり、自分に人気がないから亡命者が増えているのではないというわけだ。もっと言えば、今亡命している者らも、刺客かもしれぬという、蜀への揺さぶりと亡命者への嫌がらせも兼ねている。

 これで劉禅は後宮からあまり外へ出ず、黄皓が意を周囲へ伝えることが多くなった。同様に、魏や呉の出来事も、この宦官を通して聞くことになる。

 同じ年に呉では、費イ同様に諸葛恪が宴席で斬殺された。また翌年、魏では司馬師の抵抗勢力の謀反が発覚し、皇帝芳が廃位された。

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「「今に、魏が攻めてきますぞ!」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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