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「格別のお計らい。臣禅、感謝いたします」

【228】第四十八章 劉禅5

2013年7月26日(金)

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【227】第四十八章 劉禅4から読む)

 皇帝禅は、柩を担ぎ手を縛って鄧艾(とうがい)の前に姿を現した。これは、「投降する」の意思表示である。

 彼が、これ程簡単に成都を明け渡すとは、蜀の重臣は誰も思わなかった。

 関羽の息子関彝(かんい)、張飛の息子張遵(ちょうじゅん)、趙雲の息子趙広(ちょうこう)、それに諸葛亮の息子諸葛瞻や諸葛尚らは、いずれもこのとき既に討死していた。

 残った蜀兵は、石に刃を立てて泣いた。

 「これ以上、無駄な血を流さぬよう」

 皇帝禅の側近、郤正(げきせい)はそう説明した。だが、皇帝禅、いや、劉禅の思いは違った。劉備の五虎将と言われた者らの子孫が、命に代えて蜀を守ると思っていたのだ。

 『大丈夫、任せよと言うたではないか!』

 劉禅は後宮の和平を喪いたくないと、この期に及んで諸葛亮を呪っていた。

 成都へ侵攻してきた鄧艾は、紳士的であった。暴行や略奪は一切行わなかったが、彼の独断専行で様々なことが決まった。だが、それを越権行為と司馬昭へ訴えたした鍾会に捕えられ、檻車で洛陽へ送られた。

 一方の鍾会は蜀の乗っ取りを謀るが、片棒を担ごうとした姜維や護送中の鄧艾らとともに、不安を煽られた魏兵に殺害される。

 結局、劉禅と魏の宮廷人たちや後宮の美女連は、洛陽へ護送された。つまり、蜀は魏に併呑されたのである。

 劉禅は、司馬昭の前へ引き出された。

 「遠路遙々お越しいただき、恐縮です」

 思ったより優しい男だと、劉禅は思った。彼は処刑もされず、安楽公なる貴族に列せられることとなった。側近の郤正や後宮の美女連も、そのまま付けられた。それは彼にとって、何よりのことだった。

 「格別のお計らい。臣禅、感謝いたします」

 劉禅は、皇帝に対するような口の利き方をする。それは、禅譲間近と見るからだ。

 「これは面白いお方だ。一度、我が家の宴へおいでになりませぬか?」

 その後、劉禅は乞われるまま、家族や側近を連れて何度か司馬昭の宴会に出席した。その間に、蜀では皇帝休が崩じて、新しく孫晧が位に即いていた。

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「「格別のお計らい。臣禅、感謝いたします」」の著者

塚本 青史

塚本 青史(つかもと・せいし)

作家

1949年岡山県倉敷市生まれ。同志社大学卒業後、印刷会社に勤務。イラストレーターとしても活躍。日本作家クラブ理事。父、塚本邦雄創刊の歌誌「玲瓏」発行人。近著に『李世民』。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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