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「仕事をいくつも変わった後、49歳から50年以上、サラリーマンなんだよ」

福井福太郎さん、ずっと必要とされる理由(2)

2013年5月24日(金)

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 100歳で現役サラリーマンとして働いていることで話題になった、福井福太郎さん。この5月19日には、家族に囲まれながら101歳の誕生日をお祝いしました。5月23日には著書『100歳、ずっと必要とされる人 ――現役100歳サラリーマンの幸せな生き方』を出しました。そして101歳になっても、これまでと変わらずに辻堂から神田まで、電車通勤を続けています。福太郎さんが社会とかかわり続けながら、日々穏やかに生活していられる理由を、福太郎さんの言葉から探ってみましょう。

 僕が100歳になってもまだ会社勤めをしているというと、「会社を経営しているんですか」とか、「大きな会社でえらくなったんですか」とか、「仕事に役立つ独自の人脈をお持ちなのですか」というふうに、聞かれることがあります。

(写真:村田 和聡)

 でも、そうした大それた理由があるわけじゃないんです。小さな会社ですし、昔からのご縁がそのまま続いている、というだけなのです。僕が今勤めている東京宝商会は、1961年(昭和36年)、僕が49歳から働き始めた会社の関連会社です。その会社には、社長で親友だった望月玉三さんに誘われて入りました。そして前回お話したように、望月さんの奥さんの節さんが「ずっと東京宝商会で働いてほしい」と言って下さったからこそ、僕は今も働かせてもらえているのです。そう、望月玉三さんと出会い、一緒に仕事できたことが、僕の今につながっているんです。

就職に失敗、大学の助手も戦争で断念したよ

 僕が初めて会社勤めを始めたのは、49歳の時でした。サラリーマンになるには、だいぶ遅いよね。それまでは、大学の助手、軍人、毛皮の商売などいろいろな仕事を経験したのです。

 実は、大学を出てサラリーマンになろうと思ったけれど、僕は就職活動に失敗しちゃったんだ。僕は、1936年(昭和11年)、2・26事件のあった年に、慶應義塾大学経済学部を卒業しました。この時、大手銀行の採用試験に落ちてしまった。深刻な不況で大学新卒者の就職困難が社会問題になっていた時期でしたね。今風に言うと「新卒受難」の年ではありました。

 僕はね、卒業する時、テストの成績はトップだったんだ。周りのみんなが勉強しなかったからだろうね。就職を心配した父が、担当教授に相談してくれたりしたおかげもあって、慶應義塾大学経済学部の助手になれたんです。この時に一緒に助手になったのが、望月玉三さんという人でした。助手になったのは、2人だけだった。

 助手になった僕は、アメリカに留学したい、という夢があったんだ。研究をがんばれば、大学から行かせてもらえるチャンスがあったからね。せっかく助手にしてもらえたんだけれど、残念なことにこの仕事は長く続けられなかった。翌年に、戦争に行くことになったからです。

 そして僕が9年の軍隊生活を終えて戦争から戻ると、僕より学生のほうがずっと詳しい経済学の知識を持っていたんですよ。本当にショックでした。もう助手は続けられないなというのが、その時の正直な思いでした。僕から教えてあげられることが、何にもないんだから。いくら戦争のせいとはいっても、研究者にとって、9年の空白は大きすぎました。とてもじゃないけれど、33歳からでは若い人たちに追いつけないと思った。そもそも、助手になって1年も経たないうちに軍隊に入ってしまったのですから、研究実績もない。

コメント2件コメント/レビュー

人生、思うとおりにならないこともあるけれど、欲張らずに真面目にやっていれば自ずと道は開ける。若い人達にも読んでもらいたい。(2013/05/24)

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「「仕事をいくつも変わった後、49歳から50年以上、サラリーマンなんだよ」」の著者

福井 福太郎

福井 福太郎(ふくい・ふくたろう)

東京宝商会顧問

1912年(明治45年)5月19日生まれ。100歳を超えても、約1時間の電車通勤をしながら会社に通う現役サラリーマン。70歳から現在まで東京宝商会に勤務。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

広野 彩子

広野 彩子(ひろの・あやこ)

日本経済新聞社NAR編集部次長

朝日新聞記者を経て日経ビジネス記者、2013年から日経ビジネス副編集長。日経ビジネスオンラインでコラムの執筆・編集を担当。入山章栄氏の著作『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』を担当。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

人生、思うとおりにならないこともあるけれど、欲張らずに真面目にやっていれば自ずと道は開ける。若い人達にも読んでもらいたい。(2013/05/24)

2・26事件のあった年に大学を卒業!9年の軍隊生活!!これだけでも、お茶でも飲みながら、お話をお伺いしたいものです。自分が経験している程度の苦労で弱音を吐いたらいけないなぁ。。(2013/05/24)

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