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ジュリエッタとの再会と毒薬

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(13)

2013年5月14日(火)

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超自我となった肖像画

 このように、『ドリアン・グレイの肖像』では、彼の肖像画は、彼にとっての超自我の役割をはたすようになったのだった。そのことは、ドリアン自身が認めていることである。彼は残酷な自分の本性を写しだすかのように変貌した自分の絵を眺めて、次のように述懐しているのである。

 「すでにこの絵は変貌を遂げ、今後もさらに変化してゆくのだ。その金髪は枯れて白髪と化し、紅と白の薔薇も死んでしまうのだ。自分がひとつ罪を犯すたびごとに、あらたな汚点が現れて、その美しさを汚し、台無しにするのだ。だが罪など犯すものか。変化しようとしまいと、この絵は俺にとっての良心の象徴となるのだ。誘惑に負けてなるものか」[1]

 そして昨晩に残酷なことを告げた相手の娘に詫び状を書き、改めて結婚を求めることにした。こうして清々した気持ちでいると、例のパトロンが慌てた面持ちで彼を訪ねてくる。悪いニュースである。あの娘は昨晩のうちに、服毒自殺をしていたのである。

 ドリアンには、彼の肖像画は、娘が毒を飲んだ瞬間に、あの残酷な表情を浮かべるようになっていたのだということが分かる。彼が後悔して娘と仲直りをして結婚するならば、あのような表情を浮かべるはずはなかったからだ。しかし、とドリアンは考える。「それとも、肖像画はことの結果には無関心で、ただ魂のうちに去来するものをのみ感得するのだろうか」[2]。おそらくそうなのだろう。

祈りによる契約の解消

 ドリアンは深く後悔する。そしてかつて祈りによって、肖像画と自分が役割を交換したのだから、祈りによってこの契約は解消することができるだろうと考える。祈りで結ばれた契約は、祈りによって解消できるだろう。そこでドリアンは、契約を解消したことで生まれる帰結に思いを馳せる。

 契約を解消したならば、絵はもとの美しい美青年に戻り、彼は肖像画の表情を湛えた人間になるだろう。しかし、とドリアンは考える。人生の華を変わらずに生きつづけることができるというのに、それを諦めるべき理由があるだろうか、と。

人生の享受の誘惑

 そして「かれの美貌の華は一輪といえども色あせることはなく、かれの生命の脈搏も、いささかも弱まりはしないだろう。ギリシアの神々のごとく逞しく、敏捷で、歓喜に満ちあふれていることだろう。画布に彩られた似姿にどんなことがふりかかろうと、それがどうしたというのだ。自分は安全なのだ。重要なのはそれだけだ」[3]と思い切る。


[1]オスカー・ワルイド『ドリアン・グレイの肖像』福田恆存訳、新潮文庫、183ページ。
[2]同、207ページ。
[3]同、211ページ。

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「ジュリエッタとの再会と毒薬」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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