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ジュリエッタとの再会

ホフマン「大晦日の夜の冒険」を読む(14)

2013年5月21日(火)

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自分の肖像画を見る喜び

 さて、『ドリアン・グレイの肖像』では、主人公は自分の肖像画だけに年をとらせ、自分はいつまでも若くとどまるという道を選んだ。しかしこれがいつもでもつづくわけもないのである。まず最初の問題は、画家があの絵を自分の展覧会に出品すると言い出したことである。あの絵を他人の目にさらすということは、自分が若いままでいる秘密を明かすことである。

 そのようなことは彼には耐えられない。どうにか画家を説得して、ドリアンはあの絵を屋根裏の部屋に隠すことにする。そして隠す前に、もう一度自分の絵を見てみる。するとその残忍さ! 「表情は残忍さをうかべて身の毛もよだつほどである。この表情のうちに彼が読みとる非難もしくは譴責に較べれば、[自殺した女性の]シビル・ヴェインのことに関して[彼の肖像を描いた画家の]バジルが発した小言はまたなんと皮相なものであろうか!」[1]。

 やがてドリアンは、自分の隠された仮面、良心の呵責と残忍さの両方をありありと描きだす自分の肖像画を眺めることに、奇妙な喜びをみいだすようになった。「彼はますますおのれの美貌に惚れ込み、ますますおのれの魂の堕落に興味を覚えるようになった。皺の寄った額に焼印のごとく表れ、厚ぼったい官能的な口辺にただよう醜悪な筋を、彼は目を皿のようにして、ときにはグロテスクな歓喜をさえ感じつつ眺めては、いったい罪の兆候と忍び寄る年波と、そのどちらがより怖ろしいのだろうかと考えた」[2]のだった。

画家の驚愕

 やがて彼は画家にその肖像画を見せたいという欲望に駆られる。そして「きみは、魂を見ることができるのは神のみだと言うのだな、バジル? その覆いをどければ、きみはぼくの魂を見るのだ」[3]と画家を挑発する。

 画家は覆いを外して、自分が描いたはずの絵を見て驚愕する。そして自分の描いた絵との違いを指摘する。「あのなかには、一点の邪悪も恥辱もなかった。きみはぼくにとって、もう二度と会うことができぬような理想像だった。が、これは色情狂の顔ではないか」。「ぼくの魂の顔だ」。「ああ、なんという代物をぼくは崇拝していたのだ! これは悪魔の眼をしている」[4]。

肖像画の殺戮

 やがてドリアンは画家のバジルを殺害してしまう。そして彼とバジルを結びつけ、関係の存在を示すのが肖像画だけであることに気づく。肖像画を破ってしまえば、証拠はなくなるのである。ドリアンはバジルを刺し殺したナイフで自分の肖像画を突き刺す。「かつてあの画家を殺したごとく、いまやその画家の作品とそれがもつすべての意味を刺し殺すのだ。このひと突きで過去はなきものとなる。過去さえ死んでしまえば、おれは自由の身となれる。このひと突きでこの魂の命が消え、魂の呪わしい警告さえなくなれば、おれは平和を獲得できるのだ」[5]。


[1]オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』福田恆存訳、新潮文庫、236ページ。
[2]同、252ページ。
[3]同、298ページ。
[4]同、301ページ。
[5]同、419ページ。
[6]同、421ページ。

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「ジュリエッタとの再会」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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