分身と「他なる人間」への欲望
これまで「分身」というテーマで三つの類型を考察し、それぞれの類型を代表する小説を読んできた。このテーマにかかわる興味深い作品はまだまだあるが、三つの類型を考察し終えたところで新しいテーマに移りたいと思う。
前回の分身というテーマの背後にあるのは、きっと誰もがもっているに違いない欲望である。ぼくたちは日々の生活に拘束されている。もっと違う生き方をしたいと、心の奥では思っていても、さまざまな事情のために、あるいは自分の能力不足のために、その願いを適えることができない。そして誰か自分の代わりに、その欲望を満たしてくれないだろうか、あるいはこのきつい生活を自分の代わりに過ごしてくれて、自分は欲望を満たす暮らしをすることができないだろうかと、ひそかに願うのである。
アンデルセンの「影法師」では主人公の学者は、楽しそうな向かいの邸宅の様子を覗いてきてくれと、影を送りだしたのだった。シャミッソーの『影をなくした男』では、主人公は自分の影を人質にすることで、いくらでも欲望を満たすことのできる財宝を手にいれたのだった。どちらも影を自分の身代わりにすることで、主人公は自分の欲望を満たそうとした。
その代価は大きかったが、本人たちはそれほどの代価を払うことになるとは考えていなかったのだ。これらの分身の物語では、自分の身代わりになってくれる誰かが、必要とされたのである。今回のシリーズ「アンドロイド/サイボーグ考」では、この自分の代わりになる人間を作りだしたいという夢について考えたみたい。
アンドロイド
そのためには大きく別けて二つの方法があると考えられる。人間以外の素材を基にして人間を創造するのが一つの方法である。人間は神の位置に立って、自分の自由になる「他なる人間」を創造するのだ。この方法はアンドロイドの創造と呼べるだろう。このアンドロイドという言葉は、男性を意味するギリシア語のアンドロスに、「~のような」「類似の」を意味する「オイド」をつけてできた言葉である。「人間のような生き物」を意味する。なぜか男性を示す言葉が入っているが、男性とは限らない(女性の場合が多い)ので、「ヒューマノイド」と言う方が正確だが、アンドロイドはすっかり定着した言葉なので、これに代表させよう。
そのための方法はさまざまなものが考えられる。一つは石や材木のようなもので人間の像を作りあげ、それに命を吹き込む方法である。昔から人形はそのような意味をもった存在であった。今回紹介するピュグマリオン幻想がその代表である。第二は人間ではない生物から、人間を作りだす方法である。多くのペットは、暗黙的な意味ではそのような役割をはたすことが期待されているかもしれない。
今後の展開が分からない時点でのコメントですが――「自分の妄想通りに反応する女(もどき)」への情熱は、人工の像が相手でも、遠くから眺めるだけの「生身のマドンナ」が相手でも、そう違いは無いように思います。その「理想像」は、男によって違うものでしょうし……だから、ツンデレとか妹とか女王様とか、いろいろなタイプの女の子像が創作され続けるのですよね? 象牙の像と女の子の絵が等身大で描かれた抱き枕とでは、どっちが良いんでしょうかねぇ。ただ、男性ももちろんですが、女性はそんな単純な生き物ではありませんよね(笑)(2013/05/30)