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人形は生きているという信念

アンドロイド/サイボーグ考~ピュグマリオンの欲望(5)ルソー「ピュグマリオン」を読む(4)

2013年6月25日(火)

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 ピュグマリオン幻想の第七の特徴は、このようにして創造された「子」は、それを創造した芸術家にとっては、自分の分身のような意味をもつということである。ピュグマリオンにとって、乙女は自分の子供であると同時に、自分の分身でもある。自分の才能が人間の姿をとるようになったものであり、それはある意味では自分の才能が化身した姿である。

 第八の特徴は、死せる人形である象牙の乙女にたいして生命を吹き込むことができるという信仰にある。ギリシア神話では象牙の乙女に命を吹き込んだのは女神のウェヌスである。そして象牙の乙女とピュグマリオンは結婚して、子孫を産むことができる。この像はたんに人間が化身したのではなく、立派な女性として子供を産むことができるのである。

 神話とは別に人間の心の奥深くでは、人形は生きている、あるいは人形に魂を吹き込むことができるという無意識的な信念が潜んでいるようである。フロイトは「ところでわたしたちが人形を相手にするときには、子供時代とそれほどかけ離れた状態にいるわけではない。幼年期でも、遊戯をするようなごく早い時期には、生きているものと生きていないものをそれほど厳密には区別しないものである。そして自分の人形を、まるで生きているものでもあるかのように扱う。ある女性の患者の話によると、彼女は八歳になってもまだ、ある仕方で(おそらく突き刺すように鋭いまなざしで)人形を眺めていれば、きっと生きて動くようになるに違いないと確信していたという」[1]と語っているのである。

 ピュグマリオン幻想のうちに含まれるこれらの八つの特徴は、やがてアンドロイド幻想の基本的な核となって、多くの枝を伸ばしていくことになるだろう。その意味でも、ピュグマリオン幻想は、これから考察していこうとするアンドロイド幻想の基本形と呼ぶことができるのである。

ルソーの芸術論

 この「ピュグマリオン」の最後の場面の山場は、ガラテが生命を与えられたときに、さまざまな事物に触りながら、自分との自己同一性を確認していくところにある。ガラテは自分のからだに触って、「これはわたし」と語る。彼女は自己を意識したのである。次に彼女は別の像に触れて、「これはわたしではない」と語る。彼女は自己でないもの、他者を認識したのである。

 最後に、ピュグマリオンに触って「ああ、これもわたし」と語る。彼女は自己を創造した他者を、自己と同一のものとして認識したのである。この創造者のもとで、彼女の自己と他者の区別は止揚される。ピュグマリオンにおいてガラテは、他者においてひとたび否定された自己が新たな次元で生み出されたのを認識するのである。

[1]フロイト『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの』中山元訳、光文社古典新訳文庫、162-163ページ。

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「人形は生きているという信念」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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