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怪物に芽生えた愛情

アンドロイド/サイボーグ考(45)~メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を読む(9)

2014年4月15日(火)

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生き物の成長

 この生き物は、自分の確保した隠れ家に満足していた。第一に、隣の住宅との境を石や板で塞いでしまえば、他人に覗かれる心配がなかったからである。第二に、わずかな隙間から隣の住宅を覗くことができたからである。

 他人から覗かれず、他人の生活を覗くことができるというこの状況は、人間の社会というものを知らず、人間の言葉や文化を知らない白紙のようなこの生き物にとっては、学習するための絶好の設定となる。

 メアリーはこの生き物が、イギリスの経験論の主張するように、あたかも大理石から生まれたピュグマリオンの乙女と同じように、心という白紙にさまざまな印象を書き込んでゆく経験を蓄積するためにふさわしい状況を設定したのである。何一つ知らない生き物は、人々の間の愛情を学び、音楽の美しさを学び、ロウソクという文明の利器を知り、人々が交わす言葉と、それがもつ力を学ぶことになる。

親子の愛

 とくにこの生き物を感動させたのが、人間たちの示す愛情であった。この生き物は次のように回顧している。「老人は娘の顔をあげさせて、いかにも優しい愛情のこもった表情で笑いかけた。それをみているわたしのうちに、これまでに知らない圧倒的な感情が湧き起こった。この感情は苦痛と快楽が入り交じったものであって、それまでわたしが飢えや寒さからも、暖かさや食べ物からも感じたことのない性格のものだった。わたしはこの感情に耐えきれず、隙間から覗くのをやめた」。

 心がまだ白紙のようなこの生き物を最初に感動させたのが、老人と娘の間の親しい愛情の表現、おそらく親子の間の親しい愛情の表現だったことは、この物語にとって象徴的である。この事実は、この生き物が何よりも親の愛情に飢えていることを語っている。親が子供に示す絶対的な優しさと愛に、彼は何よりも心を打たれたのだ。それは彼がまだ娘と若者の間の異性同士の愛というものに、理解が及ばないためであるかもしれない。

 しかし自然の生き物が経験するはずの最初の愛情が、親と子の間の愛情、とくに子供が自分を養育してくれる親から受けている感じ、さらにその親に対して自分のうちで感じる感情であることを考えると、この生き物が娘を愛する老人の表情と、その愛にこたえる娘の様子に感動したのは、意外なことではないだろう。そしてこの生き物は当然のように、いずれはこの一家の人々と親しくなりたいと願うだろう。

 そしてこの思いに動かされてこの生き物は、やがては一家の人々が自分たちの感情をつたえるために使っている言葉というものの不思議さに気付き、それを学ぶことを決意するのである。メアリーは、無辜で無敬虔なピュグマリオンの創造物が、人間の社会と文化を学ぶプロセスを記述することに、多大な努力を費やすのである。

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「怪物に芽生えた愛情」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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