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怪物の嫉妬

アンドロイド/サイボーグ考(48)~メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を読む(12)

2014年5月20日(火)

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怪物の人間学習

 さて、この生き物はすでに述べられたような方法で、文字を読むことを学んだわけです。それがこの生き物にとって、人間というものの謎を解く重要な鍵となることは、明らかでしょう。この生き物が学んだ人間の生というもの、人間の歴史というものは、人間の高尚さと卑劣さの両方をまざまざと語るものでした。初めて人間というもののこれまでの歴史を知ったこの生き物は、驚嘆する一方で、その卑しさに目を背けるのでした。人間の歴史は抑圧と暴力と殺戮の歴史でもあるからです。

 しかしそれは同時にこの生き物にとって、自己に反省のまなざしを向けるきっかけともなりました。人間というこの奇妙で矛盾した動物によって創造された自分は、どのような存在であるのかという疑問は、それまでもこの生き物を悩ませていましたが、人間の歴史を学んだことによって、そして人間というものの正体を知ったことによって、この生き物は自己を呪わずにはいられなかったのです。

******

人間たちの奇妙さ

 このようなことを学んだことをきっかけとして、わたしは自分に思いを馳せた。書物から学んだところによると、人間たちが何よりも重視するのは、優れた交じり気のない血統と豊かな富の両方をもっていることだった。この優れた血統か富のいずれか片方だけをもっている人間は、尊敬だけはされるものの、どちらももっていない人間は、ごくまれな例外を除いて、ごろつきのような人物か奴隷のようにみなされるのだ。そうした人間たちは、選ばれた少数者のために自分の力を浪費する運命なのである。

 しかしそれではわたしはどうなのだろうか。わたしは自分がどのようにして、誰によって創造されたのかはまったく知らなかった。ただし金も友人も、いかなる種類の財産ももっていないことはよく知っていた。そしてわたしの容貌と言えば、恐ろしく醜悪で、忌まわしいものである。そして人間と同じような性質はそなえていない。

 わたしは人間たちよりも敏捷だし、ごく粗末な食べ物でも生きてゆける。極度の熱さや寒さにも、からだに大きな害をうけずに耐えることができる。わたしの体格は、ふつうの人間よりもはるかに大きい。自分の周囲を見回してみても、自分と同じような者は、見たことも聞いたこともない。それではわたしは怪物なのだろうか。大地を汚すよごれのようなものであり、こうしたわたしを見てすべての人は逃げ出し、すべての人はわたしを拒むのだろうか。

知識の毒

 こうしたことを考えると、わたしがどれほど苦しかったか、言葉に尽くすこともできないほどである。わたしはこうした思いを自分の頭から払い除けようとしたが、知識が増えるとともに、悲しみも深くなるのだった。ああ、わたしは自分が生まれた森にずっと住んでいればよかったのだ。そうすれば、飢えと渇きと暑さだけに苦しんでいるだけだったろうに。

 しかし知識とは何とも不思議なものである。ひとたび心のうちに生まれると、岩にこびりついた苔のように、心から離れようとはしないのだ。ときには、自分のすべての思考と感情を投げ捨てたいとも願ったのだった。しかし苦痛の感情を克服する方法はただ一つしかないこと、すなわち死ぬしかないことが分かったのだ。わたしはまだ死というものを恐れてはいないが、死がどういうものか理解できないのだ。

 わたしは徳の高さや善良な心とはすばらしいものだと思ったし、隣の家に住む人々の穏やかな振る舞いと好ましい性格を愛していた。しかしわたしは彼らと人間らしいつきあいをすることからは締め出されていた。わたしは彼らから見られず、知られずにこっそりと覗いていることができるだけなのだった。そしてわたしは自分が彼らの仲間の一人として受け入れられたいと願っていただけに、こうした盗み聞きのような方法は、わたしの願いを満たすどころか、強めるばかりだった。アガサの優しい言葉も、魅力的なアラビア娘の生き生きとした微笑も、わたしに向けられたものではなかった。老人の穏やかな教えの言葉も、愛すべきフェリックスの活気に満ちた会話も、わたしに向けられたものではなかった。ああ、このみじめで不幸な生き物よ!

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「怪物の嫉妬」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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