『シャバはつらいよ』大野更紗著(ポプラ社)
担当:ポプラ社 一般書編集局 斉藤尚美

一読して、武者震いがしました。
大野更紗さんの原稿を、初めて読ませてもらったときのことです。
あれはたしか、盛夏の日差し降り注ぐ2010年7月のある日。
私と大野さんは数日前に、ノンフィクション作家の高野秀行さんのご紹介でお会いしていました。当時の大野さんは、9か月の入院生活を終えて、一人暮らしを始めたばかり。本を読むのは大好きだけど書いたことはない、書けるかどうかもわからない、大学院を休学中の26歳のお嬢さんでした。
ある日とつぜんわけのわからない難病を発症し、とにかく大変なことがたくさんあって、それを面白い読み物にしたいと言うのを聞いて、お手並み拝見とばかりに「とりあえず、何でもいいから書いてみて」と軽い感じでお願いしたら、星飛雄馬もびっくりの剛速球が飛んできたのです。
(その時の原稿は、ほとんどそのまま、彼女の処女作『困ってるひと』の前書きになりました)
うれしい誤算
こ、これは、とんでもない逸材と出会ってしまった……!
その時の驚きと興奮といったら。編集者を一生やっていても、こんな体験、何度できるでしょうか? 同時に原稿を読んでいた高野さんも同じだったようで、我々はにわかにいろめきたち、大野更紗デビューに向け、固いタッグを結成したのでした。
そこからの大野さんは、すごかった。最初からとにかく面白かった。それは「難病もの」という先入観を心地よく裏切る原稿でした。文章といえば大学のレポートか海外ニュースの翻訳しか書いたことない、なんて言いながら、軽妙なテンポで、独特のボキャブラリーが出てくる、出てくる。「天賦の才」って、あるんだなあ、と思わずにはいられませんでした。
けれども、高野さんと私は貪欲でした。なにしろ、稀有な逸材。「このギャグはぬるい」「いまひとつ」「もっといける!」などなど、容赦ない愛の鞭を入れます。すると、自称・超ドM患者の大野さんは嬉々として、こちらの想定をはるかに超えるクオリティーの改稿を上げてきました。と同時に、隔週締め切りで1万字の原稿を書き続けてくれたのです。
大野さんの身体を思えば、こんな無茶はよくないとわかっていながら、原稿の続きが早く読みたい一心で、かつ怒涛のラリーに夢中になって、突っ走ってしまいました。
かくして、2011年6月、大野さんの原稿は『困ってるひと』という一冊の本になりました。
過酷きわまりない難病体験を笑いに変えながら、医療や福祉の現実に光をあてた、かつてない「闘病記」として話題を呼び、無名の新人のデビュー作としては異例のヒットとなりました。
……と、ここまでは第一作目のお話。まさに、「一気呵成」という言葉がぴったりの行程でした。
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