• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

ジョンのレーニナへの恋

アンドロイド/サイボーグ考(74)~ハクスレー『すばらしい新世界』を読む(18)

2014年11月18日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 ジョンはレーニナに、自分の恋心を伝える術を知りません。自分のうちの古めかしい恋愛の観念に囚われているからです。レーニナの恋愛文化とジョンの恋愛文化はあまりに違うのです。この違いが物語の最後の悲劇を予告しています。宮廷の文化と普遍的な男女の共有の文化は、どのようにして出会うことができるというのでしょうか。

*   *   *

ジョンの誓い

 タクシー・ヘリコプターの中で、ジョンはレーニナの顔をみることもしなかった。ジョンは、これまで口にしたこともないが、心に堅く誓った誓いに縛られていた。もはや守る人など誰もいない掟に縛られて、レーニナから顔を背けたまま、黙して座っていた。ときおり、神経発作でも起きたかのように、全身をびくりと震わせるのだった。あたかもぴんと張られて今にも切れそうな弦楽器の弦を、指がつまびいたかのようだった。

 タクシーは、レーニナのアパートの屋上に着陸した。「やっと着いたわ」と、レーニナはヘリコプターから降りながら、心を弾ませた。やっとのことで。しかしジョンは今や、とても奇妙な雰囲気をかもしだしていた。レーニナは照明のライトの光を借りて、手鏡を覗き込んで、化粧を調べた。やっとのことで。そう、たしかに鼻が少してらてらと光っていた。ジョンがタクシー代を払っている暇を盗んで、彼女はパフでパウダーをはたいた。それだけの時間の余裕はあったのだ。

レーニナの惑い

 レーニナは鼻のてかりを直しながら考えた。「ジョンはとてもハンサムだわ。バーナードみたいに、自分の容貌を恥じる必要はないのよ。それなのにジョンったら。ほかの人だったらもうとっくに済ませているでしょうに。でも、やっとのことで」。レーニナの丸い手鏡に映っている彼女の顔が、急にほほえんだ。

 「では、おやすみなさい」。レーニナの背後から、息の詰まったような声が聞こえてきた。レーニナは振り向いた。ジョンはまだタクシーのドアのところに立っていて、じっと彼女を見つめていた。彼女がパウダーをはたいている間、ずっと彼女を見つめていたに違いない。何かを待ちながら。しかしいったい何を待っていたというのだろうか。それとも心を決めようと思いつつも、ためらっていたのだろうか。そしてずっと考えつづけていたのだろうか。しかし何を考えることがあるというのだろうか。

 「レーニナ、おやすみなさい」。ジョンは繰り返した。そして笑おうとしたが、奇妙なしかめ面になっただけだった。「でもジョン……、あの、わたしが思うのに……、あのあなた……」。ジョンはタクシーに乗り込んでドアを閉めた。それから身をかがめて運転手に何か言った。ヘリコプターは空に飛び上がった。

コメント0

「ウェブ読書会」のバックナンバー

一覧

「ジョンのレーニナへの恋」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官