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最後の悲劇

アンドロイド/サイボーグ考(79)~ハクスレー『すばらしい新世界』を読む(23)

2015年1月6日(火)

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大審問官の逸話

 これまで、この理想国では人間を幸福にするために、人々は選択する自由を奪われ、愛する能力を剥奪され、真理を追求する情熱を奪われてきたことを確認してきました。そして総統は、かつては科学的な真理を追求する情熱に駆られて、異端者たちの島に追いやられるところでした。総統は、自分の個人的な情熱を追求するのを放棄し、人々の幸福のために自己を犠牲にすることを決意したのでした。

 この総統の立場が、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』において、兄のイヴァンが語る大審問者の逸話によく似ていることは、読者もすでに感じとられたことでしょう。この大審問者の逸話を振り返ってみましょう。この逸話では、ある日、イエスが気紛れを起こして、天から地上の国に降りてきます。民衆はすぐにイエスであることを見分け、崇めます。ちょうど幼い娘の葬儀が行われているところでした。人々はイエスに死者を蘇らせることを願います。そしてイエスは奇蹟を行い、少女は棺の中から起き上がり、母親に抱かれます。その奇蹟をなしているところを大審問官が目撃し、イエスを捕らえ、投獄します。そして夜中に老いた審問官はイエスに語りかけます。

三つの威力

 彼はイエスが砂漠で悪魔から試練をうけたときのことを思い出させます。悪魔はまず、断食して飢えているイエスに、石をパンに変えてみせるように挑戦しました。イエスは「人はパンのみにて生きるものにあらず」とこれを退けました。イエスは奇蹟を起こすことを拒んだのです。次に悪魔は、神殿の屋根に立たせて、飛び下りてみよと挑戦しました。イエスは「主を試してはならぬ」とこれを退けました。これは信仰にすがることを拒んだことを意味します。最後に悪魔は世界の国々を幻のようにみせて、自分に従えば、これらの国を与えると誘惑しました。イエスは「退け、サタンよ」とこれを一蹴しました。イエスは世俗的な権力を受け取ることを拒んだのです。

 大審問官はこれらの三つの誘惑で、イエスが奇蹟と信仰と権力を拒否したことを指摘します。そして人々は、こうした三つの威力を信じることになしには、幸福になることができないと指摘するのです。「ここに三つの力がある。つまり、これらのいくじない反逆者たちの良心を、彼らの幸福のために永久に征服して、俘(とりこ)にすることのできる力は、この地上にたった三つよりないのだ。その力というのは、奇蹟と神秘と政権である。おまえは第一も第二も第三も拒否して、みずからその先例を作った」[1]のです。

[1]ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』。中山省三郎訳、青空文庫

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「最後の悲劇」の著者

中山 元

中山 元(なかやま・げん)

哲学者、翻訳家。

1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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