ミッドナイト・インタビュー

第2夜「スーパースターだって、同じ人間です」米トレジャーデータ芳川氏

米トレジャーデータCEO 芳川裕誠氏に聞く、シリコンバレーのコミュニケーション文化、起業家精神、ビジネス事情

文:四方 乱波/写真:的野 弘路 10.16.2014

注目企業の社長に酒場で迫るシリーズ、今夜のお客様は、ビッグデータビジネスを手掛ける芳川裕誠氏。起業家の聖地・シリコンバレーで勝負に挑む芳川氏に、馴染みのお店で話を聞きました。

話題の企業の社長に酒場で迫る、ミッドナイト・インタビューの第2回目。今夜は米国からのお客様、芳川裕誠氏です。

芳川氏が経営する会社の名前は、トレジャーデータ。米カリフォルニア州マウンテンビューに本社を構え、「ビッグデータ」分野の企業向けサービスを手掛けています。元ベンチャーキャピタリストの芳川裕誠氏が、エンジニア業界で名を馳せていた太田一樹氏を誘い、2011年12月に米国で起業しました。

ビッグデータはこれからの企業経営や新サービスの開発で特に重要とされている情報技術の一つ。企業活動を通じて集めた大量のデータをコンピュータで分析し、経営のヒントを引き出す技術やその取り組み全体のことを指します。芳川氏が率いるトレジャーデータは、企業がビッグデータに取り組みやすくするためのサービス「Treasure Data Service」を提供しています。

起業家の聖地であるシリコンバレーで日々、自社サービスのブラッシュアップを続けている芳川氏。芳川氏の馴染みのお店で、起業家の素顔に迫ります。

元同僚がオーナーのお店で、まずは一杯

――芳川社長、この「六本木ゆうえんち」のオーナーは元同僚とか?

芳川:そうなんですよ。私が企業向けLinux製品を販売する米レッドハットにいたころの同僚です。昔はよく飲んでいましたね。トレジャーデータの本社はシリコンバレーに構えていますが、帰国した際には時々寄ります。

カウンター内の女性が芳川社長の元同僚で、六本木ゆうえんちのオーナーさん

――芳川社長は米国で起業しているので、ぜひとも伺いたいことがあります。米国に「飲みニケーション」ってあるんですか?

芳川:弊社は米国企業ですけれども、僕が日本に帰国したときはいまだに飲みニケーションしていますよ(笑)。飲んで仲良くなるというのはすごく大事なプロセスですしね。

一緒に飲んだからといって受注につながるとか、進行中の案件がどうなるものでもないのですが、トレジャーデータは一回売って終わりのビジネスではありません。それこそ今後5年、10年とあらゆるデータを貯めていただき、末永くおつきあいしていただくサービスなので、顧客と対面で飲み交わしながら要望などを聞くというのは意外ですが本当に重要なことだったりします。

ただね、米国だと飲みというよりも朝食かランチになるんですよね。

――飲みにケーションがない!?

芳川:まったくないかと言われるとそうではないんですが、あんまりないですね。僕もあまり誘ったりしません。

例えば、カンファレンスや展示会などに参加しているときに夕食を共にするということはありますが、シリコンバレーの人たちは自分の仕事よりも家族を優先する人が多いんですね。クルマ社会ということもありますから。

――トレジャーデータはまさにシリコンバレーのど真ん中のマウンテンビューにありますもんね。

芳川:いわゆる昔のシリコンバレー文化ですね。ただ、サンフランシスコだとまた文化が違います。毎日のようにネットワーキングパーティが開催されていますし。ビア&ピザパーティのような催しはよくやっています。

――“昼ビー”文化はないんですか?

芳川:昼ビー、あっ、昼にビールか。あんまりない(笑)。ただ、オフィスでビールを飲むことはよくありますよ。

例えば弊社だと木曜日の夕方はみんなでビールやワインをオフィスで開けて、ピザの宅配を頼んで、飲んだり食べたりしながらチームビルディングをしています。シリコンバレーの会社ではよく見られる風景ですね。オフィスの冷蔵庫を開けるとビールがずらりということも多いですよ。

結局、ロケーションによるものが大きいのかもしれません。サンフランシスコの会社だと東京と同じように電車や徒歩で通勤する人が多いので、外で飲む文化が発達しています。マウンテンビューなど、南のほうにいくとほぼみなクルマ通勤ですから。定期的にボーリング大会を開催して、その時に飲んだりしていますけどね。

――日本だとノンアルコールビールもありますけど、米国でも流行していますか?

芳川:あるにはあるけど、飲んでいる人、見たことないですね。あとね、こんなこと言うのもなんだけど、ビールに関して言えば、日本よりもアメリカの方が圧倒的に種類が多くてうまい!

――私、前にアメリカに行ったときに「サミュエル・アダムズ」というビールを飲んで感動したことがあります。

芳川:ボストンのビールですね。どのビールが好きかというのは人それぞれだと思いますが、アメリカの場合、バーに出かけていってビールが1種類ということはまずない。日本でも最近は種類をそろえているお店が増えていると思いますが、アメリカの場合は普通のバーでありとあらゆるビールが飲めます。ビール好きにとってはアメリカの方が楽しいでしょうね。

ちなみに僕はベルギーのホワイトビールが好き。ヒューガルデンとかね。

――すみません、次々と疑問が湧いてくるのですが、アメリカに「とりあえずビール文化」はあるんでしょうか?

芳川:ありますよ!みんなビールを最初に飲みます。そこは世界共通なのかな(笑)。

あと、アメリカはマイクロブルワリーがすごく多いので、その場でブリューしているところが多いのも嬉しい。マウンテンビューにも1つあって、僕らはよくそこへ飲みにいきますけど、新鮮だからか本当に美味しいですね。

――ワインはどうですか?ナパバレーがありますよね。

芳川:ワインも大好きなんです。東京にいるときはワイン、全然知らなかったんです。カリフォルニア州に住むようになってからワインにはまりました。価格が安くて、しかも美味しい。

僕はウイスキーをはじめとする蒸留酒は得意ではないので、もっぱらビール&ワイン派です。

「起業したい」というよりも「起業できるな」と思った

――シリコンバレーで起業して何年目でしたっけ。

芳川:起業が2011年12月なので2年半ほど経ちました。最初は日本人3人で立ち上げて、今では従業員が50人になりました。よくもまあここまで来られたなと。けど、まだまだです。

――トレジャーデータは米ヤフー創業者のジェリー・ヤン氏など著名な人が出資していますよね。日本人が創業した企業としては実に珍しいケースだと思いますが、どうやったんですか?

芳川:ヤン氏は初期段階のエンジェル(個人投資家)ではないんです。シリコンバレーにはある種、エンジェルが集う投資クラブがあります。初期の段階で、何人かのスーパーエンジェルが僕らのチームにかけてくれたのが大きかった。彼らのサポートがあって一種の「通行手形」を手に入れたんです。

例えば、米ヘロク(Heroku)という会社のファウンダーは、本当に僕らが事業構想の紙切れしか持っていないときに投資をしてくれました。その後、シリーズAで米シエラ・ベンチャーズが出資しました。ただ、シエラに関してはあくまでも投資先として儲かると判断してくれたからですね。

――芳川さんはもともと米国で三井物産の投資部門にいましたよね。もともと起業しようという意識があったんですか?

芳川:いや、違います。米国で起業家たちを見ていて、「したいな」という気持ちが湧いてきました。いや、正確に言えば「できるな」と思ったのかな。

日本にいると、米グーグルのセルゲイ・ブリン氏やラリー・ペイジ氏、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏など、スーパースターじゃないですか。ほかにもたくさん知名度の高い起業家たちがいる。明らかに自分とは違う人間だと思ってしまいますよね。

でもね、多かれ少なかれ日常的にそういう人たちと付き合うようになると、みな頭はいいんですが意外に適当なことも言うんですね。一言で言えば同じ人間なんです。頭もいい、すごいパワフル、だけど普通の人間。

ただ、彼らが知らなくて僕の方がよく知っている領域というのもたくさんあるんです。エンジニアだって同じです。弊社のCTO(最高技術責任者)の太田一樹やソフトウエア・アーキテクトの古橋貞之といったエンジニアのスキルも、まったく見劣りしない。

――アメリカよ、日本もすごいんだぞ!という気持ちに近い?

芳川:そうそう、そういう気持ちを僕は最初から持っていました。別に僕は国を背負って立っているわけでもないですが、様々な分野で日本人は今なお活躍しています。

データベースの世界を見てみると、複数のサーバーで短時間に大量のデータを処理する基盤、「Hadoop(ハドゥープ)」のコンセプトは1990年代に作られました。そのコンセプトの重要な一部分を支えてきた大学が米ウィスコンシン大学、そして東京大学なんです。

実際に利用可能にしたのは東大のスーパーコンピューターではなく米グーグルや米ヤフーの安いコンピューターだったわけですが、それでもアカデミアの世界でそういうコンセプトを考えるという意味で、日本のコンピューターサイエンスは全然負けていないんですね。ほかの業界も同じだと思います。ただ、日本人が外に出て行かないだけです。

――客観的に見て日本のソフトウエアエンジニアのスキルはどうなんでしょうか?

芳川:もちろん人によりますが、スーパーエンジニアはどこに行ってもスーパーエンジニアとして活躍できます。アメリカでも十分に通用するし、戦えると思います。シックス・アパートにずっといらっしゃった宮川達彦さん、プログラミング言語「Ruby(ルビィ)」の設計者であるまつもとゆきひろさんなどはアメリカでも相当に有名ですよね。

弊社の古橋もスーパーハッカーですよ。彼が作った「MessagePack(メッセージパック)」と呼ぶソフトウエアは本当に色々なところで使われています。あのFacebookでも使われていますからね。あと、「Jenkins(ジェンキンス)を開発した川口耕介さんも、私ご近所さんですがアメリカでも相当有名なエンジニアです。

だから日本のエンジニアでもすごい人はすごい。アメリカ人がすごいように、日本人もすごい。ただ、プレゼンテーションはアメリカ人のほうが圧倒的にうまいですよね。日本人は職人気質の人が多い気がします。

アメリカ人って面白くて、超優秀なエンジニアが突然、政治的な活動を始めたりするんです。「伽藍とバザール」って論文、知りませんか?

――懐かしい。学生のときに読みました。ソフトウエア開発に関する論文ですよね。1990年代、ソフトウエア業界の巨人、米マイクロソフトとオープンソースコミュニティの対立構図の中で、業界内外に多大な影響を与えました。

芳川:あの論文を執筆したエリック・レイモンド氏は、ソフトウエア文化に多大なる貢献しました。この点において、僕は彼を心から尊敬しています。一方、彼は銃規制に反対していたりするんですよ。こういったケースは結構、多く見られます。