今月のビッグイシュー

自分に合った『深夜食堂』を持つ方法(前編)

エンテツさんに聞く酒場のカウンターカルチャー

文 / 写真:須田泰成 12.08.2014

『深夜食堂』や『孤独のグルメ』などのヒットもあり、昔ながらの食堂や酒場に憧れる人が増えている。常連率が高いカウンターに自然に馴染むにはどうすればいいのかを考えてみた。

忘年会、新年会のシーズンは、職場の近くや地元で飲む機会が増える。

宴会が終わり、自分一人になった時、ふと、前から気になっていた店に入ってみたくなる衝動にかられたことはないだろうか?

表通りから少し離れた時代遅れの個人店。ひっそりとした佇(たたず)まいなのに、窓から見えるカウンターには鈴なりの常連客。漏れてくる楽しげな喧噪(けんそう)。

「あのカウンターに帰りたい」という郷愁を感じさせる、年季の入ったバーや食堂や酒場たち。

新潟から上京して半世紀以上、大衆食堂の詩人であるエンテツこと遠藤哲夫さんに、「カウンターに馴染む」ことについて聞いた。聞き手および筆者の須田泰成も、新宿ゴールデン街、世田谷区の下北沢、駒沢、経堂などで、酒場経営の経験があり、カウンター文化に詳しい。

常連になりたければ、店を評価してはいけない

須田:マンガ作品でテレビドラマにもなった『深夜食堂』、『孤独のグルメ』などのヒットもあり、時代遅れだと思われていた昔ながらの食堂や酒場に憧れる人が増えていますよね。酒場めぐりのテレビ番組の数も増えています。

「自分もあんな店のカウンターの常連になりたい」と願う人は非常に多いです。仕事が終わって、そのまま家に帰るのは何だかなーという時に、一人でぼーっとできるし。普通に生活していたら会えない人と会えたりしますよね。

憧れの店に1回、2回と足を運んで、店主の目を盗んで写真を撮ってブログに記事を書くような人はある程度います。けれども、カウンターに馴染んで常連になるのは、ハードルが高いようですね。

自分の『深夜食堂』といい感じのつきあいをしている人は、案外、少ないと思います。

エンテツ:いま、実は、食堂や酒場に憧れる人ほど、逆にそこのカウンターに馴染むのが難しいんだよね。

それには理由があって、食堂や酒場に憧れる人は、言ってみればカウンター初心者だと思うけど、とにかく何かで見たから行ってみたいと。そしてブログやSNSなどに記事を書きたがる傾向が強いわけ。書くために行くという人も少なくないね。テレビや雑誌に出たことがある、あの店のカウンターに座ったぞ、と自慢したいこともあるだろうけど。

とにかく、行くとスグ何かと評価したがる。ミシュランや食べログで、評価して「星いくつ」なんてやるのが普通だと思っている人も多いね。だけど、そもそもそういう店というのは、「評価するもの」ではなく「付き合うもの」なんだよね。強いて言えば、自分だけの楽しみとして、密かに付き合うところなんだ。カウンターの常連は、評価しになんか行ってない、店や客と付き合いに行っている。そこを間違えている人が多いね。

だから、そういう『深夜食堂』っぽい店のカウンターで、酒や肴の写真を撮って、産地がどうだとか、味付けがどうだとか、サービスがどうだとか、評論家っぽいことをしゃべったり、書いたりするほど、カウンターの雰囲気や隣り合う常連客や店主と馴染むことから遠ざかっていく。単に「ウマかった!」とか、シンプルな店への愛情をtwitterに投稿するのは、いいけどね。

でも、いいカウンターと付き合って楽しんでいる人は、あまり人に言いふらさないんじゃないかな。ネットで見たからぐらいで来て、初めから知ったかぶりの大きな顔をする人が多いからね。

いま食堂や酒場が注目されている理由の一つは、世の中の隅々まで効率化され機能化されて、あらゆるものが評価の対象になって、息苦しくなっているというのがあると思う。女も男も、化粧の仕方から、声の出し方、箸一本の上げ下げまで、職場が勧めてくるセミナーの講師に指導され、気を使わなくてはならないような状態で。

ビジネスの現場は、厳しくなっているよね。どの業界も、昔と比べると非常に短い期間で業績を査定されて、評価や待遇が決められるよね。

そういう時代の中で、食堂や酒場のカウンターは、現代のアジールというか、日頃の息苦しさから逃れることができる、数少ない日常のオアシスなんだよね。

店の中心にいるのは、店主という人間、客も人間。料理や酒も大事だけど、潤滑油のようなもので、その場の雰囲気は人間が決めている。カウンターで料理や酒のことが話題になっても、あくまでもネタだし、そういう話ばかりをしつこくしていると、ほかの客から嫌われるね。「俺は、そんな話を聞くためにここにいるんじゃない」とか言われることもあるよ。

常連になると名前で呼んでもらえる。ニックネームがつけられたりする。「テーブル何番さん」と、数字で呼ばれるのとはわけが違う(笑)。長い間、顔は知っているが名前は知らない、どこの誰かなにしている人かなんか関係ない、そのカウンターで会うときだけがカウンター仲間、という付き合いもある。もちろん一緒に山やジムに行くようになる人もいる。付き合い方はさまざま。

ちょっと固い話になったけど、馴染みになったカウンターで飲むビールは、やっぱりウマいわけだよ(笑)。カウンターに座ってビールが出るでしょ、グラスを手に持つと、まわりのカウンター仲間が、「お疲れさん」とグラスや盃を掲げるの、いい瞬間だね。

須田:いいカウンターのある店は、「評価するもの」ではなく「付き合うもの」なんですね。

カウンターの関係性は長期熟成

須田:『深夜食堂』もそうですけど、いいカウンターのある食堂や酒場って、決して愛想がいいわけじゃないですよね。なのに、いろんな人が集まるし、たくさんの常連さんに支えられて、店自体が、長年にわたって商売を続けているケースが多い。

エンテツ:そうなんだよ。食堂や酒場は、チェーン店のように初めての客に笑顔たっぷりのあいさつをしたりはしないよね。普通に礼儀正しく「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と、言うだけ。基本、仕事が忙しいから、口をきくヒマもなく、不必要なことは話さないしね。

そんな感じで、付き合っているうちに、最初は天気の話くらいから始まって、店主と客の間で、じわじわと気心が通じてくるものなの。カウンターでいい付き合いをしたいと思ったら、手っ取り早く自分が気持よくなることを他に求めるという、ありがちな姿勢や考えを捨てることから始めなくてはね。

常連客も知らない客に話しかけたりしないし、話しかけられても、よっぽど関心がある話題でもないとのってこない。でも、それは閉鎖的というのとは違うんだよね。新しく来た客が大切なオアシスの雰囲気を壊さずに「付き合える」人間かどうかを知るのに時間が必要ということなんだよ。ハードルが高いわけでもない、いいカウンターでは普通のことなの。

よく「常連がいるカウンターはハードルが高い」なんて言われるけど、そうじゃないの。ハードルが高いと思うのは、自分が安直なサービスに飼いならされてきただけなんだ。そこんところを考えてほしいね。

須田:カウンターの人間関係は長期熟成なんですよね。

エンテツ:だから、「この店いいなあ」というカウンターの店があったら、常連になるには、個人差があるんだけど、少し時間がかかると思った方がいいね。まあ、通ううちに、やっぱり相性が悪かったなんてこともあるわけだしね。お見合いから結婚まで時間がかかる、というか、いくつかハードルがあるわけですよ。そこが、単にカネで売買される機能的なサービスと違うところ。

須田:いきなり馴染めなくても、意地悪をされているわけではないし、落ち込む必要はないわけですしね。

エンテツ:俺の経験から言っても、馴染むのに時間がかかった店ほど「付き合い」が長くなってるよね。それこそ、40年とか。

須田:40年も同じカウンターに通うと、きっと、いろんなドラマがありますよね。

エンテツ:あるね。その面白さを簡単には説明できないんだけど。何ものにも代え難い(笑)。

須田:自分のことをわかってもらおうと、初対面でいきなり名刺を出す人は、カウンターに馴染めないし、店とのつきあいが長くならないことが多いです。

エンテツ:名刺は、世間の評価のシンボルみたいなものだし、食堂や酒場のカウンターの面白さは、世間の評価から自由なところにあるわけだからね。あと、名刺は出さないけど、自分は、あそこの店もあそこの店も行きました、てなことで、自分の酒場歴を名刺のように披露する人もいるけど、それもダメね。だから、それが、どうした、という感じ。

一個の人間として付き合う、お互いに尊敬しあっても、上下はない。それがカウンターの、言ってみれば「文化」つまり「カウンターカルチャー」ってものでしょ。

須田:いいカウンターのある酒場は、同じ値段のビールを飲んでるんだから、みんな平等みたいなところありますよね。場末の食堂や酒場の常連さんで、昼間の社会的地位がものすごく高い人が普通に飲んでるなんてことが時々ありますよね。

エンテツ:あるある(笑)。いわゆる偉い人ほど、肩書きを外して、素の人間に戻りたい時があるんだよね。

この間、九州に出かけた時に、繁華街の外れの飲み屋のカウンターで、ママさんから、ある有名な企業の先代社長が常連だった話を聞いたんだよ。

いまは、その社長が始めたベンチャー的な試みが成功して、海外にまで名の知れた大きな会社になってるけど、一時は、そのチャレンジのせいで100名以上いた社員が数名にまで減ったことがあったらしい。けど、そんな会社のピンチの時にも、その社長は、いつもと変わらずカウンターの同じ場所に座って普通に飲んで帰ってたらしい。

で、その頃、会社がピンチだったことは、ママは、後から別の客に聞いて驚いたんだって(笑)。

須田:カウンターでは、あくまで一人の人間だったんですね。ぼくも、いろんな街の酒場のカウンターで、世界的な企業の経営者や芸術家も含めて、普通に生きていたら会えない人と会ってきました。だからといって、一緒に写真を撮るわけでも、自慢するわけでもないんですけど(笑)。

淡々とですが視野が広がるのが、酒場のカウンターですよね。じわっと面白い。

仕事や家庭などのしがらみから自由になって一息つける酒場のカウンターを持っている人は強いとも思います。しぶとく面白く生きている人が多い気がする。人生いろいろあるけれど、馴染みのカウンターで一杯やれば、明日からがんばれる的な(笑)。

エンテツ:それがカウンターカルチャー(笑)。人間としての素養を積む場所でもあるね。素養というと言葉がカタイけど、人間としての素養とは「人生を楽しむ力」ですよ。マニュアルにはのってないし、マニュアル化はできないこと。だから、馴染むには、それなりの時間が必要になることが少なくない。

須田:カウンターは、時間はかかるけど、結果的にいろんなものを生みますよね。馴染むと家よりもリラックスできますしね。

エンテツ:そうね。ただ、最初はリラックスできないかもしれない。むしろ緊張関係かな。そして緊張関係がなくなるのではなく、緊張関係に馴染むと心地よくなるという感じかな。出会いやアイデアは、期待しないほうがよいね。結果的には、あることが多いけど、それを期待していると、カウンターカルチャーでなくなる。