今月のビッグイシュー

自分に合った『深夜食堂』を持つ方法(後編)

エンテツさんに聞く酒場のカウンターカルチャー

文/写真:須田泰成 12.18.2014

『深夜食堂』や『孤独のグルメ』などのヒットを受けて、昔ながらの食堂や酒場に憧れる人が増えている。お店に馴染むにはどうすればいいか。大衆食堂の詩人・エンテツさんとの対談、後編。

『深夜食堂』のようなカウンターに憧れる人が増えている。世の中の隅々まで効率化され機能化されて、あらゆるものが評価の対象になっている今の世の中、長く付き合えば人情やドラマがにじみ出てくるカウンターのある酒場や食堂は、現代社会の息苦しさからつかの間自由でいられる貴重なオアシスなのかもしれない。

新潟から上京して半世紀以上、大衆食堂の詩人エンテツこと遠藤哲夫さんに「カウンターに馴染むということ」について尋ねる対談記事の後編が本記事である(前編はこちら)。聞き手の須田泰成も、新宿ゴールデン街、世田谷区の下北沢、駒沢、経堂などで酒場経営の経験があり、カウンター文化に詳しい。

高級フレンチより馴染みの店の肉野菜炒めがウマいと言える自由

須田前回の続きになりますが、『深夜食堂』や『孤独のグルメ』などのヒットもあり、時代遅れだと思われていた昔ながらの食堂や酒場に憧れる人が増えています。しかし、自分の『深夜食堂』を持っている人、いい付き合いをしている人は、案外、少ないと思います。

前回の話の肝は、店は評価するものではなく、店は付き合うもの。ここですよね。

大衆食堂で定食をほおばるエンテツさん

エンテツ:そう。いまの時代は、何についても「評価したい病」にかかってる、いいトシした大人が多いような気がするんだよね。特に飲食関係はね。ネットなら誰の事前チェックも受けることなく、簡単に自分の思ったことやデタラメも書けるし。写真を載せるのも簡単だしね。

承認欲求ということもあるけど、他者を評価することで優越感を持ち、自分はエライ立場の人間だ、よいことや正しいことをしている、かのような「評論家病」にかかるひとが増えているんだな。哀れなカンチガイ人ですよ。

それと、世の中全体が、寝ても覚めても評価から逃れられない社会になっている。チェック、チェック、チェック、だらけ。みんな仕事や何やらで、常に評価の目にさらされているから、息苦しくなっている。

その仕返しのように、飲食店では、自分が評価をする側のエライ立場であることを強調したがるってこともあるようだね。それも評論家きどりの辛口でね。江戸の敵を長崎でみたいな、低次元の気晴らし。ネットのように素晴らしいシステムを利用しながら、情けない大人だと思います。

「辛口」といっても、性格の悪さと口の悪さをさらけだしているだけのようで、この人ほんとうにお店や飲食の楽しみ方を知っているのだろうか、と思ってしまうこともあるね。

しかし、いわゆる『深夜食堂』のような店は、繰り返しになるけど、評価しに行くところではない。評価という現代病から自由な場所だからこその魅力があるんだよ。

カウンターは横並びの世界だからね。もとはといえば赤の他人が、体温がわかるぐらいスグ横にいる。その人が、自分が好きでないものを食べていたり、嫌いな野球チームのファンだったりするわけですよ。

お互いに違う時間を歩いてきた。人生も好みも違う。そういう人が同じカウンターに座っている。すると、そこに筋書きのないドラマが生まれるわけ。それが『深夜食堂』の世界であり、魅力であるわけですよ。そこに食べ物が一役買っている。

カウンターで食べ物の話もするけど、それは、評価したり、おとしめたりするためのものではなく、それぞれの楽しみや人生を語るためなんだね。「自分の味覚」って、そういうものでしょ。食べ物は評価するものではない。味覚を通じて、自分や他人と付き合うためのものなの。

店のオヤジは、市場に行って安くていいものを仕入れて、手頃な値段で常連客が通いやすい値段で提供する。ただ、それだけ。客は、オヤジが作るものが好きで、普通にウマいと思いながら食っている。隣にブランド牛とブランド野菜をウリにしたカリスマシェフの高級フレンチができて、それがリーズナブルな店だとしても、それはそれ。まず行かないし、興味がない。「高級」とか「一流」とかじゃなくて、「オレの店のオヤジ」が作った肉野菜炒めの、ほかにない旨さを知っている。ブランドイメージに味覚を左右されたりしないんだよ。

つまり、言い方を変えれば、「高級」だの「一流」だのを信じて、すぐ他を評価し点をつけたがるようなイヤらしい人は、カウンターでは長続きしない。結果、いいカウンターができているってわけ。

須田:自分の味覚を持っている人だけが、店と上手に付き合えるわけですね。

エンテツ:自分の舌を飼いならす。イメージに踊らせられない、自分の味覚を持つ。これが意外と大事なことなんだよね。

だいたい、「高級フレンチよりも、行きつけの食堂のオヤジがつくる肉野菜炒めの方がウマい!」と言えないことの不幸さや不自由さに気づかないといけないよね。

須田:他人や世間、マスメディアの基準に左右されず、ここの飯が好き!と言える人は自由ですね。

エンテツ:自由だし、「快楽」ということを知って楽しんでいる。だから自由なのかもしれない。そういう人をカウンターではよく見かけるね。話も自由で楽しい。

ちょっと話はそれるかもしれないけど、世の中の価値観と関係なく、自分がピンと来た女に「俺はお前が好きだ!」と言える男が増えるといいね。その逆に、年収とか肩書きとか関係なく、自分がピンときた男に「あなたが好き!」と言える女も増えてほしい。

クイケもイロケも、「赤信号みんなで渡れば怖くない」というような価値観にしばられていては、人生を謳歌することはできませんよ。他の評価をしているヒマがあったら、人生の快楽とは何かを探究したほうがよいのでは、と思うね。

須田:近所のある店で、ここ何年も、地元の若い人たちの話を聞いてるんですけど、合コンで出会った好みの娘のことを、やたらと芸能人の誰に似てるからかわいいとか言うんですよね。

若い人たちはその娘の写真を見せる時、「どうですか?かわいいでしょ!」とは言わないんです。「誰々に似てるからかわいい」という言い回しが多い。

エンテツ:世間がブスと言っても、俺の目にはかわいく映るからかわいい!でいいじゃないか。世間がブサイクと言っても、わたしの目にはイケメンに映るからカッコいい!でいいじゃないか(笑)

須田:高級フレンチのメインディッシュよりも、行きつけの食堂の親父がつくる肉野菜炒めの方がウマい!と言える自由と深くつながってますよね。

エンテツ:小洒落たシャンパンよりもいつも瓶ビールを手酌で飲むのが好きだ!と言う自由もあるよね(笑)

カウンターには、静かに溶け込んでいくべし

須田:『深夜食堂』のようなカウンターは、世間の価値観に左右されない愛情みたいなものに支えられている場所なんですね。

エンテツ:そうだよ。常連がいるカウンターって、資本主義の中にありながら、資本主義的ではない豊かな文化があるみたいな。特に日本の資本主義ってのは、儒教的な上下関係を引きずっているでしょ、タテ糸ばかり太くて横糸がなくては、織物になりませんよ。そういう歪みにカウンターが効くわけ。この「カウンター」の意味、わかってほしい(笑)。

須田:なるほど。いいカウンターは、ヨコの人間関係を育む場所なんですよね。資本主義を超越する何か新しい価値が、カウンターでは生まれているのかもしれませんね。

エンテツ:それがカウンターカルチャー(笑)

須田:そんなカウンターに馴染むにはどうすればいいか、というお題なんですけど。馴染むには、王道もマニュアルもないですよね。

エンテツ:馴染むってことだから、まずこちらから馴染んで、次第に店の人や先輩の常連にも馴染んでもらって、さらにこちらから馴染んでという積み重ねだよね。

仕事の場合は、会って用事をするわけだけから、初対面で名刺を出したり、自分はどういう人間かアピールしたりするけど、酒場は「馴染みになる用事」で行くわけじゃないから、カンチガイしないようにしないとね。

最初は、静かに溶け込んでいく感じかなあ。

須田:静かに溶け込んでいく。わかります。馴染むには、まずは、静かに溶け込んでいく、と。

エンテツ:静かに溶け込んでいくと言っても、具体的に何をするかというと、酒場だから、まず飲むことだよね。食堂だったら、まず飯を食うことだよね。

須田:やっぱり、その店の基本を押さえないとですよね。当り前ですけど。

よく、いいなと思った店に入って、たいして飲まずに、いきなり店主や隣の人に話しかける人がいますけど、あれは逆効果ですよね。

エンテツ:はっきり言って嫌われる(笑)。店主は仕事が忙しいし、客は飲むのが忙しい。店の基本を押さえるというか、ヨコ付き合いの基本を押さえるということかな。ようするに相手のことを考えるという、普通のことですよ。

須田:自己アピールは、してはいけませんね。どんなにすごい酒場遍歴やキャリアがあったりしても。

エンテツ:そう。まずは、静かに飲んで食う。実は、静かに飲んで食うって、案外、難しいんだよ。

でも、馴染みたいと思ったら、最初のうちは、基本、自分からは店の人にも常連さんに話しかけない。これ大事。きわめて控えめに。お店の人が視線を送ってきて目が合ったら、いい店ですねとか、おいしいですと言って、静かに飲む。常連さんが話しかけてきても、控えめに、控えめに。

馴染むって、そういうことじゃないかな。

須田:馴染むまでは長居しないのが大事ですよね。別に馴染んだらダラダラしてもいいという訳ではないですが。最初のうちは、キュッキュッと飲み、さっと帰るのが、いいですよね。

エンテツ:キュッキュッと飲み、さっと帰るのを10回くらい続けたら、なんとなく店の人間や常連が何か話しかけてくるようになるね。近所に住んでるのか?とか、仕事帰り?とか。

それから控えめに口をきけばいいんじゃないかな。席に着く前に、この席いいですか?とか、お邪魔します、とか、軽くあいさつし、帰りは、ちゃんと「ご馳走さまでした」とあいさつする。あと「おあいそう」とか小生意気な口をきかない。ちゃんと「お勘定してください」とね。

須田:店に馴染むのに必要なのは、当り前のことの積み重ねなんですね。あと、時間をかけることも大切ですね。

エンテツ:結局、店も人、常連も人だから、時間はかかるよね。自動販売機にカネ入れてボタン押したら出てくるなんてふうにはいかないね。

とにかく、あまり何も期待しないで、好きだから行くでいいんじゃないかな。自分から相手の魅力を見つけることでしょ。おれなんか、好きで10年以上通って、カウンターに座り続けても、ほとんど会話がないってこともあったよ。

須田:でも、『深夜食堂』のような店では当たり前の振る舞いって、多くの人にとっては向いていない難しいことかもしれませんね。

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