教育CSRって何?

【教育CSR】「企業や地域との協業が、学校教育をより良く変える」

キーパーソンに聞く:すみだ教育研究所 森本芳男氏

文:辰野 恭子/写真:菊地くらげ 12.25.2014

最近注目を集めている「教育CSR」。教育CSR分野の第一人者で、学校と企業をつなぐコーディネーターとして活躍している墨田区教育委員会事務局すみだ教育研究所の森本芳男氏にお話をうかがいました。

ここ十数年にわたって、企業のCSR活動が活発になっています。CSRとは、社会的責任(Corporate Social Responsibility)の略。企業が社会を構成する一員としての責任を果たすために、地域の清掃活動や環境保全活動などの社会貢献を行っています。

その中でも、最近注目を集めているのは、教育問題に特化して学校教育を支援する「教育CSR」。その活動を日本でいち早く始められ、今も学校と企業をつなぐコーディネーターとして活躍している墨田区教育委員会事務局すみだ教育研究所・学校支援ネットワーク本部の森本芳男氏にお話をうかがいました。

「教育CSRで、学校教育や職場、そして社会が変わる」と語る森本氏。その熱い思いに迫ります。

地域の人たちが後押ししてくれた

――日本でいち早く教育CSRに取り組まれてこられた森本さんですが、教育CSRとはどのような活動ですか。

森本:実は、私もごく最近まで教育CSRという言葉を知らなかったんです。

確かに私は、1996年に墨田中学校の校長になった頃から、長年にわたって企業のノウハウと学校教育を結びつけようという活動を仕掛けてきました。けれど、教育CSRという言葉は知りませんでした。

だから、初めて聞いたときには、「あぁ、ついに教育CSRって言葉ができたんだ。企業が教育現場を応援することにこれだけ関心を持ってくれているんだ」って、すごくうれしくてね。海外ではすでに普及していますが、日本では企業が教育現場に入っていくことはほとんどありませんでしたから。

――どんなきっかけで森本さんは教育現場に企業の力を活かそうとお考えになられたのですか。

森本:1996年に私が墨田区立墨田中学校の校長になった頃からのお話をしましょう。当時は、学校崩壊が問題視されていた時代でした。

実際、赴任してみると、始業のチャイムが鳴っても、教室に生徒が入らない。やっと席についたとしても、先生の話を聞かない。先生たちはいつも生徒たちを追いかけ回している状態で、授業になっていないクラスが多かったです。

当時、私は48歳で、校長としてはとても若かった。私は悩みました。どうすればよいのか分からず、藁をもつかむ思いで町を歩き、地域のおじいちゃんやおばあちゃんに聞いて回ったのです。

すると、ある人が笑みを浮かべておっしゃるんです。「町の人たちが学校に入っていけば、きっとよくなりますよ。子どもたちは町ではいい子ですから」と。

また、ある人はこう言いました。「子どもは学校に行くと悪さをする。つまり、学校は悪さをする場所になっているんですね。学校にいるのは先生だけ。その先生たちは絶対に手をあげない。注意をしているだけ。それでは全然収まらないでしょう。40人の生徒に1人の先生。こっちを追いかけていたら、あっちで暴れて、あっちを追いかけたら、こっちで暴れ、授業が成り立たないのは当たり前。なぜもっと地域の人の力を借りようとしないのですか。地域のみんなで学校を再生させていきましょうよ」

「我々はいつでも何かお呼びがかかったら、学校に行って、子どもたちのために教育のお手伝いをさせてもらうよ。あなたたち先生は教えるプロでしょうが、子どもたちは言うことを聞かない。近所のおばさんの言うことなら聞くんだよ。みんな、いい子じゃん」って。本当に有難かったです。

それで、私はすぐに「地域の方を講師に招いて、『ふれあい学習』という授業をやります」と約束をしてきました。

最初の授業は、長命寺の住職に

――4月に赴任されて、わずか2カ月で最初の「ふれあい学習」を行われたのですか。

森本:そうです。

――最初の講師には、どなたを迎えられたのでしょう。

森本:長命寺の住職さんです。

――あの桜餅で有名な長命寺ですか。

森本:そうです。私が相談にうかがったときに、住職はとても怒っていらっしゃいました。

「学校がもっと我々の言うことを聞いていたら、我々だってもっと応援してあげられたのに。学校は地域の人たちを学校に入れようとしない。だから学校は良くならないんだ」と。これほどまでに学校のことを思っていてくださる方がいたなんて、私はうれしくてたまりませんでした。そして、ぜひ住職さんには授業に来てもらいたいと思ったのです。

ちょうど三年生は6月に京都・奈良へ修学旅行に行く予定だったので、「修学旅行の前に寺社での拝観の仕方、見て回るときにどんなことに気をつければよいかなどを教えていただけませんか」とお願いしました。すると、「その道は、私はプロだよ。分かった。行ってあげましょう」と快く引き受けてくださったのです。

――住職の授業はいかがでしたか。

森本:住職さんは袈裟を着てやってきました。子どもたちが一番興味を持つであろう「京都や奈良にはこんなお土産があるよ」というお話から、「仏像さんの笑顔をじーっと見ていてごらん。その周りをぐるーっと回ってごらん。どこへ行ってもいつもあなたを見ているよ」という話まで、いろんなことを聞かせてくださるんです。

そんな話、今まで修学旅行の事前学習では先生たちがやれなかった。先生たちはそんな知識を持っていませんから。

――「この建物は何時代に造られて……」という話になってしまうわけですね。

森本:そうです。何年に造られた何々様式だとか、そういう話ではなく、「仏像さんには慈悲の心があってね」という話を住職さんはしてくれるわけです。

子どもたちは修学旅行から帰ってくるやいなや、住職さんにお土産を渡し、「言った通りだったよ。京都や奈良はこんなにいいところだったよ」とうれしそうに話すんです。住職さんはまた感激してくださって。私も感激してしまって。

――学校の先生たちの反応はいかがでしたか。

森本:当初は、6月に「ふれあい学習」をしたいと話したら、「修学旅行前のこの忙しい時期にできるわけがないでしょ」と反対されました。けれど、京都や奈良の寺社について、先生よりも詳しい専門家がいる。その専門家を呼べばいいじゃないかと話すと、しぶしぶ了解しました。

実際に授業を聞き、子どもたちの喜ぶ姿を見て、先生たちも納得してくれました。

企業のノウハウを子どもに伝える

――なるほど。最初は、地域の人たちが学校に入っていかれたのですね。その後、企業を受け入れるようになったきっかけは。

森本:その後も私たちの中学校では、地域の人を招いていろんな活動を行っていました。それを、東京ボランティア市民活動センターの方が耳にされたのでしょうか。「墨田区におもしろい校長先生がいるらしい」と噂になっていたようです。そこから聞きつけて企業の方が私のもとに相談に訪れるようになりました。

ある日、「東京ボランティアセンターに紹介されて」と言って、ゼネラル・エレクトリック・ジャパン(日本GE)の社員の方が訪ねてきました。話を聞くと、「子どもたちと一緒に公園などの清掃がしたい」とおっしゃるんです。

そこで私は「あなたの会社は公園の清掃が仕事なのですか」と尋ねました。すると、「いいえ、そうじゃなくて、地域でボランティア活動がしたいのです」と言うので、私は「あなたたちの仕事は何ですか。エジソンが創業した会社でしょう」ともう一度聞き返しました。

すると、その社員さんは「私たちの会社は社会の課題を見つけ出し、それを解決する製品やサービスをつくり、世に送り出すことが仕事です」と。

「それなら、そのノウハウを子どもたちに教えてもらえませんか?」と私はお願いしたのです。「一緒にメニューを作りませんか。授業はこういう流れで始まって、社員さんたちの出番はここからで、こんなことを教えてほしい」と提案しました。それが、企業を受け入れるきっかけとなりました。

――GEの出前授業はどんな内容でしたか。

森本:早朝、GEの揃いのTシャツを着た若い社員さんたちが来たかと思うと、あっという間に準備をしました。そして、1時間目の授業から子どもたちに説明を始めました。

「ぼくたちの会社は、アメリカでエジソンがつくった会社です。今日は、みんなも墨田のエジソンになったつもりで、町に出て、いろんな人にインタビューしながら、地域のみんなの困っていることを聞いてきてください」と。

その後、1つの班に1人の社員がついてくださって、町へと出かけていきました。当時の学校は学年4クラスあり、1クラスには6つの班がありました。その1つの班に1人ずつ社員がついてくださいましたから、合計で24~25名ほどの社員さんが参加してくださっていたと記憶しています。

前もって、困っていることや調べたいことを考えておくようにと子どもたちに宿題を出していました。「どうなるだろうか?」と私は不安と期待が入り混じる思いで見守っていました。すると、子どもたちは、GEの社員さんがいるから安心なのでしょうか、インタビューの仕方を教わったのでしょうか、町の人たちにどんどん話を聞きに行く。「おばちゃん、何か困っていることない?」「おじちゃん、気になっていること教えて」と。そして、メモを一生懸命とっていました。

教室に戻ると、それを一つひとつカードに書いて、並べて。それで「人が感じたことを否定したら駄目なんだよ」と話し合いのルールを教えてもらって。じゃあ、いくつか絞って、最後に班で一番困っている問題をまとめよう。そして、解決策を考えよう」と。発表会では、プレゼンテーションのやり方も教えてもらいました。

かつて日本では、企業が学校に対してボールやノートなど物を寄付することが多かったようです。一般的には、お金や物を贈ることが学校教育への貢献だと考えられていました。

けれど、それでは、企業で働く社員さんたちのモチベーションは上がりません。自分たちが実際にやっている活動や得意なことを、子どもたちに伝えてこそ、自分の仕事に誇りややりがいを感じることができるのではないでしょうか。

教育CSRとは「企業が持っているノウハウを、次世代を担う子どもたちに伝えていくこと」だと私は考えています。

――企業の持っているノウハウとは、例えばどんなことでしょう。

森本:1つ例をあげると、時間に対する感覚ですね。企業は時間をとても大切にし、無駄にしません。わたしたちが、1日でそんなにできるんですかって驚くほど、ものすごいスピードでやっていきます。他にも、チームで仕事をすること、まとめたりプレゼンすること、新たなものを創造することなど数えきれないほどたくさんあります。

今回の場合でいえば、午後から子どもたちがチームで考えたことをまとめて発表会をすると決まると、プレゼンテーションの練習は昼休み。社員さんが、発表する人は誰にするか、順番はこうしよう、こんな質問があったら、こう答えようという打ち合わせも教えてくれて。これらのことをたった1日でこなしてしまう。そのようなことは、教師にはなかなかできません。

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