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【宮澤崇史】母に自らの肝臓を提供したプロサイクリストの凄み

活躍の源泉を追う 宮澤 崇史氏(レモネード・ベルマーレ監督/元プロ自転車競技選手)の場合 第1回

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文:十代目 萬屋五兵衛 / 写真:菅野 勝男

04.02.2015

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母親に肝臓を提供しつつも第一線に復帰することに成功し、名だたる記録を残したプロの自転車競技選手、宮澤崇史氏。プロ意識を保ちつつも、「楽しむ」ことに忠実であり続けたアスリートの原点を探る。

今、日本は空前の自転車ブームだ。どの街に行っても、どんな片田舎に行っても、様々な自転車に乗ったサイクリストたちを目にするようになった。

中でも印象深く目に映えるのが、流線形のヘルメットにサングラス、色鮮やかなウエアを身にまとい、姿勢を低く保てるように設計されたロードレースタイプの自転車にまたがった、いわゆるアスリートタイプのサイクリストたちだ。

自転車ブームを受け、テレビのスポーツチャンネルでは、「ツール・ド・フランス」や「ジロ・デ・イタリア」といった欧州の伝統あるロードレースが頻繁に放映されるようになった。これらの大会の期間中にテレビ中継などで観戦する人数は、世界で10億人を超すとも言われている。

日本では、野球やサッカーのようなメジャー・スポーツほどには認知されていないのが現状だ。だが、自転車ブームがやってくる以前から、日本の自転車競技選手たちは海外に進出し、海外のトップアスリートたちと渡り合い、活躍し続けてきた。

昨年10月25日、1人のプロ選手が現役生活に幕を下ろした。彼の名前は宮澤崇史。20歳になる前から海外で頭角を現し、日本と海外のロードレースのトップチームにも所属した経歴を持ち、2008年の北京オリンピックにも出場した。

2010年には、日本最高峰の自転車ロードレース「第13回全日本自転車競技大会ロード・レース」で優勝し、頂点を極めた。文字通り、宮澤は日本のロードレース界ではカリスマ的存在にまでなった男だ。

惜しまれながら引退した彼が、再び注目を浴びている。近年になって、過去に母の命を救うため自らの肝臓を提供していたことを、宮澤本人が明らかにしたためである。肝臓の提供手術を受けたのは2001年のこと。宮澤はその事実をあえて公表してこなかった。肝臓のドナー(提供者)となるのは、アスリート生命には致命的とも言われている。

なぜ、宮澤はアスリートにとって最も大切な自らの体にメスを入れることを決断したのか。なぜ、その事実をこれまで公表してこなかったのか。なぜ、彼は手術を受けながらもレースの第一線に復帰できたのか。そしてなぜ、彼は引退を決めたのか。

宮澤のこれまでの人生をひもといてみよう。そこには、自転車競技に取り組むきっかけを与えてくれた母への愛情、高いプロ意識、そして誰よりも競技を「楽しむ」ことに起点を置いた生き方があった。

(文中敬称略、トップ画像の写真提供:宮澤氏)

すべての始まりは自転車との出会い

長野県長野市。長野県の県庁所在地で、全国47都道府県のうち最も標高の高い位置にある。四方を山々に囲まれた盆地状になっており、夏は暑く、冬は寒い。宮澤の実家は、そんな長野の自然と共存してきた、歴史の長い農家だった。

幼少期のワンシーン(写真提供:宮澤氏)

幼少期の宮澤は、田んぼ、畑、川や山々を、自分の庭のように駆け回っていた。

「実家は数百年続いている農家でした。お米とかリンゴとかを幅広くやっていた専業農家だったんです。特に田んぼが大好きで、苗を植えたりする前は、水が張っていて、土も軟らかくしているから、そこに向かって走っていって、ビャーッ!と飛び込んで、泥んこになって遊んでいました。絵に描いたような、ものすごいアクティブな子供だったんです」

そのように活発に遊んでいた3歳の頃、親が自転車を与えてくれた。自転車には補助輪が付いていた。

「みんなと同じように、補助輪なしで乗れるようになりたくて仕方がありませんでした。まだちゃんと乗りこなせていませんでしたが『自分で自転車に乗れるようになりなさい』と補助輪を外してもらったんです。

当たり前ですけど、いきなり乗れるわけはないですから、普通は誰かが教えてくれたりしますよね? でも、誰も教えてくれませんでした(笑)。

でも、どうしてもみんなと同じように乗りたいから、一生懸命1人で練習して、丸1日をかけて、なんとか自転車に乗れるようになりました」

補助輪を外した自転車に乗ると、最初のうちは転ぶ。痛さをこらえ、諦めずに何度も練習すれば、大概の人は補助輪なしで乗れるようになる。補助輪なしの自転車に乗れるようになる時間というのは、もしかしたら現代の子供が初期に体験する「克服することの喜び」を感じさせてくれる出来事なのかもしれない。

「補助輪を取り外したら、ガタガタと言っていた音がなくなり、スピードも今まで以上に出るようになりました。そして何より、幼いながらも自分の行ける行動範囲が広がり、同時に楽しさが倍増しました。『自転車ってすごい!楽しい!』と、もう夢中になっていました」

そして毎日のように自転車に乗り、田畑や野山を駆け巡った。

そんな宮澤は、家族の大黒柱である父親を6歳の時に亡くす。母方の実家の近所に引っ越し、母と姉との3人暮らしを始めた。

「母が仕事の関係で遅くなったり、休みの日になったりすると、おばあちゃんっ子だった僕は、5キロほど離れていた祖母の家まで、用事があろうとなかろうと、必ず自転車で通っていました。それほど、自転車に乗ることが好きでした」

“トライアスロン”に夢中の小学生

そんな折、通っていた小学校の担任の先生が、クラスの生徒に向かってある提案をしてきた。「みんなで、トライアスロンをやってみよう!」と。

トライアスロンとは、水泳・自転車・マラソンの3種目を、この順番で連続して行う耐久競技。距離は様々だが、長距離のものになると水泳3.8km・自転車180km・マラソン42.195kmにもなる。近年、各地でトライアスロン大会が開催されるようになり、スポーツ好きの社会人たちが多数出場しているが、ここで担任の先生が提案したトライアスロンとは、もちろん「トライアスロン風」の学習指導である。

「面白かったです。『フルのトライアスロンを日割りで、みんなでやろう!』という提案でした。学校に来て、休み時間とか朝の時間とか放課後でもいつでもいいから、まずはとにかく合計で『42.195km走りなさい』と……(笑)。『昨日は何km走った』『今日は何km走った』と毎日毎日、日誌を付けました。ゴールの42.195kmに到達するまで、クラスのみんなが頑張るんです。何日もかけて……。

夏になりプールが開放されると、3.8kmを同じように毎日、自分の都合の良い時間をつくって泳ぐんです。しかし、さすがに自転車の180kmはどうやるんだろう?と思っていたら、1日学校を借り切り、グラウンドや校舎を自転車で回ることになりました。ママチャリです……(笑)。

とにかく1日中走りました。だけど、距離の計測メーターなんてものはママチャリには付いていませんから、何km走ったのか?何周回ったのか?わからなくなりました。とにかく日が暮れるまで延々と走っていました……。さすがに180kmには到達していないと思います(笑)」

半ば自主的、半ば強制的に、クラスのみんなで『日割りトライアスロン』に挑戦した。もちろん生徒たちの中には、嫌がりながらも仕方なくやっていた仲間もいたに違いない。しかし宮澤にとって、特にこの学校の敷地内を周回する『自転車競技』は、楽しくて仕方がなかったという。

「そのあたりから、運動というものが自分に向いていると思い始めました。勉強は決して褒められる方でありませんでしたから、とにかく将来は何かのスポーツ選手になりたいという思いを持ち始めていました」

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