特集

カレーバーは、夏の酒飲みユートピア!:前編

厳しい夏をスパイスとビールで乗り切る

文/写真:須田泰成 06.25.2015

いろいろな街で、小さなカレーバーが盛り上がっている。国民食のカレーライスが、国民的な酒のツマミに。東京の下町・北千住と中央線・西荻窪にあるリラックスムードのカレーバーを紹介する。

バンドマンが作った西荻窪のゆる飲みオアシス

2軒目の店は、中央線の西荻窪。中央線沿線は、戦前から文学者などの文化人が多く暮らし、現在も、漫画家、ミュージシャン、アーティスト、演劇人、映画人など、クリエーティブな人たちが多い土地。西荻窪駅の南口を出て、徒歩約4分で「CURRY BAR シューベル」に着いた。カウンター7席プラス、小さなテーブルの2席、合計9名が入ると満員の小さな店。

「カリーと音楽はとても似ている。カリーはLIVE、毎日がLIVE!」がモットーという店主のシューベルさんは、元バンドマン。ブリティッシュ・ロックに影響を受けたそう。そして、この店では、「CURRY」は「カリー」と発音する。

「バンドしかやってこなかった店主シューベル(日本人)がギターを木べらに持ち替えて、独学でスタートしたスパイシーカリー&バー」というのが当店の説明コピーなんです(笑)」

シューベルさんのユニークなところは、独学でカリーの作り方を身につけたところ。自分の店を持つに至った経緯も、一風変わっている。

「当時10年ほど通っていた西永福の焼鳥屋のマスターに、『バンドを辞めてカリー屋をしたい』と言ったら、『営業していない昼間の時間帯を使っていい』と。それで、ランチのみのカリー屋をオープンしました。その後、同じビルの喫茶店が『夜使っていい』と言ってくれたので、そこで夜のみのカリー屋をしました」

シューベルさん

昼は「たまりばカリー」、夜は「すかんぽカリー」という、名前からしてのんびりした2軒のカレー店をいわゆる飲食店シェアの方法で営業を続けた。

「やってみると飲食の大変さがわかりましたね。でも、だんだんとお客さまもついてくれて、自分のカリーも進化してきて、西荻窪に今の物件を見つけたので、2014年3月に独立したんです」

元はバーだったという内装を、カウンターの一部のみを残して作り替えた。お金はかけず、建築関係の友人たちに手伝ってもらいながら1カ月の突貫工事で完成させ、オープンに至った。

大変な経験を笑いながら語るシューベルさん。その飄々(ひょうひょう)とした人柄が、周囲の人に彼の夢を進んで手伝わせてしまう秘密なのかもしれない。

まずは、ザ・おツマミという感じのサイドメニューを頼むことにした。大山鶏の「スパイシー唐揚げ」、フルーティーなペーストとナスの素揚げの「瞬殺ナス」、バゲットにキーマをのせた「おつまみキーマ」など、どれもビールにピッタリ。

スパイシー唐揚げ
瞬殺ナス
おつまみキーマ

やがて無性にカリーでビールを飲(や)りたくなり、ヒューガルデン ホワイトときざみ野菜のチキンキーマを頼んだ。肉味噌(みそ)を思わせる濃厚なキーマに色とりどりの野菜の素揚げが香り高くトッピングされている。使用するスパイスは20種類。混ぜながら口に運ぶと味わいの広がりが素晴らしい。

きざみ野菜チキンキーマ

「内装もショップカードも、友だちが手伝って何でも作ってくれるんです」

シューベルさんは友だちが多そうだ。出入りするお客は、常連さんも一見さんも、皆、親しい友人の家に来たようにリラックスしている。誰もが思い思いに、おつまみやカリーを食べ、しゃべったり、本を読んだり、ぼんやりしたり。

ここはスパイスが香る、ゆる飲みオアシスなのだ。

(後編に続く)

■参考Webサイト:
CURRY BAR GAKU/カレーバーガク
西荻窪CURRYBAR シューベル

須田泰成(すだ・やすなり)
コメディライター/地域プロデューサー/著述家
1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。
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