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【特集】イノベーションはこう起こす!事例に学ぶデザイン・シンキング: 2014年5月号

デザイン・シンキングとは何か

2014年5月12日(月)

図1 デザイン・シンキングとは何なのか?

 新しい商品やサービスの創造を狙い、ソニーやヤフー、日立製作所など国内の大手企業が注目している手法がある。それがデザイン・シンキングだ。直訳すれば「デザイン思考」であり、文字通り優秀なデザイナーやクリエーティブな経営者の思考法をまねることで、新しい発想を生み出そうとする手法である。ビジネスに活用すればイノベーションを起こせるのでは、と大いに期待されている。

 注目するのは一般企業だけではない。ボストン コンサルティング グループやアクセンチュアといった大手コンサルタント会社もデザイン・シンキングの手法に強い関心を寄せている。アクセンチュアの場合、社内のコンサルタントにデザイン・シンキングの手法を学ばせるため、外部の識者を交えた研修会を定期的に開催しているほどだ。

 デザイン会社も動き出した。デザイン・シンキングによるコンサルティングを手掛ける米IDEOは日本のマーケット開拓を強化しているほか、国内ではシー・アイ・エーやアイ・コーポレーションなどが同様な手法で市場を深耕し始めた。建築・設計分野ではプランテックグループが、建築のアーキテクトからビジネス・デザインのアーキテクトへとサイトで宣言するなど、新たな姿をアピールしている。

今までの発想法では限界に

図2 なぜデザイン・シンキングが注目されるのか?

 デザイン・シンキングは新しいキーワードではない。IDEOの動きとして約10年前から国内でも提唱されてきた。それが2013 年になって各社が注目し始め、続々と成功事例が出てきた。2014 年にはさらに多くの企業から成功事例が登場する見込みである。

 なぜ今、デザイン・シンキングなのか。それは今までのやり方では新しい発想を生み出すことに各社が限界を感じているからだ。今までは主に技術やマーケットの動向から、新しい商品やサービスを考えるケースが多かったに違いない。確かに既存の市場なら予測しやすいかも知れないが、従来の延長線上の発想しか出てこないだろう。

 これに対し、デザイン・シンキングは優秀なデザイナー達の思考法をベースにしているため、今までとは異なる新しい発想につながる可能性が高くなる。「既存の延長ではなく、新しい問題を発見してゼロベースから発想するのにデザイン・シンキングは向いている」(一般社団法人デザイン思考研究所の柏野尊徳・代表理事所長)。既存の技術やマーケットをベースに論理的に発想するやり方を「ロジカル・シンキング」と呼ぶなら、デザイン・シンキングは発想の起点が全く異なる。デザイナーたちが重視するのは、生活者である人間の姿だからだ。

人間を中心にして発想する

図3 デザイン・シンキングを活用するとどうなるか?

 生活者がどんな行動を取り、どんな考え方をするか、どんな感情を示すか、などを詳細に観察し、時にはインタビューすることで何を求められるのかを把握することが、発想の起点になる。ニーズを理解できれば、簡単なスケッチを描いて示し、ニーズと合致するかを検証するデザイナーもいる。求められているものが明確になるまで、こうした作業を行きつ戻りつしながら、何度も繰り返す場合もある。

 生活者も、自分のニーズを理解していないかも知れない。必ずしもロジカルには行かず、無駄な作業も増える。だが生活者の本音を的確に把握して発想すれば、たとえ技術やマーケット上の「常識」とは異なっても、生活者の利便性につながるものが出来上がるに違いない。

 現状を分析・理解してアイデアを考え、プロトタイプを作って検証して再度、現状を分析したり考えたりする、といった思考法を優秀なデザイナーらは「頭の中」で無意識に行っているはずだ。「デザイン・シンキングは分かりにくい」と言われるのは、このためだろう。それでもあえてデザイン・シンキングについて定義すると「人間を中心に発想すること」といったシンプルな表現になってしまう。

 もちろん多くの日本企業でも、これまで生活者を意識して商品を開発してきたはずである。確かに、かつてはそうだったかも知れないが、今はどうだろうか。表面的なアンケート調査を行うことで、「生活者の声を聞いたつもり」ではないだろうか。生活者の本音は簡単には見えてこない。水面下に隠れている生活者の本当のニーズをつかまえなければ、新しい商品やサービスの開発にはつながらない。

優秀なデザイナーに近づく方法論

図4 デザイナーの活躍の場はあるか?

 ではデザイン・シンキングは優秀なデザイナーなど限られた人々にしか実行できないのか。答えはノーだ。デザイナーの思考法にできるだけ近づくために、デザイン・シンキングの手法をプロセス化した方法論が存在するからである。それが米スタンフォード大学の「ハッソー・プラットナー・インスティテュート・オブ・デザイン」の通称「d.school 」が提供しているものだ。優秀なデザイナーになることは難しいが、思考法をまねることはできるのである。この方法論を基に、東京大学のi.school や慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科が、独自のデザイン・シンキングの手法を打ち出している。「現実のビジネスに結び付けるためには、人間中心だけでなく、技術の視点も組み合わせる必要がある」と、東京大学i.school の横田幸信ディレクターは話す。成功事例を出した多くの日本企業もこうした方法論を学び、自社に合わせた形態で採用している。

 デザイン・シンキングの方法論を簡潔にまとめると、まずは生活者の状況を理解するため、現場の動きを詳細に観察する「フィールド観察」を行ったり、インタビューを実施したりすることが起点だ。分かった事実を基に議論して多くの意見を出し、その後は意見を収束させて、課題を浮き彫りにしていく。こうした「議論の発散」や「議論の収束」は、デザイン・シンキングのさまざまな場面で必要になる。

 さらに課題の解決に向けてブレインストーミングの手法などでアイデアを出していく。解決策をまとめていき、試作品の開発に移る。最初は紙でもいいからすぐに試作品を作り、イメージを確認することが重要だ。生活者に試作品を見せるなどして試作品を検証し、不具合があれば再度試作品を作ったり、解決策を検討したりする。こうしたサイクルを何度も繰り返すことで、次第に完成へと近づけていくのである。

 東京大学のi.school は、インターネットを活用するリアルタイム動画サービス「schoo WEB-campus 」を運営するスクーと提携し、デザイン・シンキングの手法を無料で学習できるプログラムを2014年4月からスタートさせた。こうしたツールを使うことでデザイン・シンキングの理解が深まり、より多くの日本企業に浸透していくだろう。

(大山繁樹)

この記事は日経デザイン2014年5月号の一部です。もっと読みたい方はこちら