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「挫折って、人間に一番必要なものですよ」

放浪を重ねた“旅人”が相次ぐ挫折の末に至った「境地」

2012年5月15日(火)

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 1985年、プラザ合意の年に隈研吾は、コロンビア大学客員研究員としてニューヨークにいた。世の中はまさにバブル経済に突入し、建築の世界でも若造たちに仕事がバンバン発注された時代。東京に帰った隈も一躍、売れっ子となる。

 しかし、その裏で進行していたのは、「失われた20年」に続く、グローバリゼーションへの助走だった。90年代、バブル崩壊とともに都市の建築プロジェクトは激減。隈が打ち出した渾身の作も酷評にさらされ、東京での建築の仕事は、以後10年にわたり「ゼロ」になる。

 世界を股に活躍する現在の隈からはとても想像できない苦境。だが、その経験を「感謝してもし足りない」と彼は言う。真意はどこにあるのか?

(取材構成は、清野由美=ジャーナリスト)

(前回の「僕らはのどかな田舎で、こたつに入ってぬくぬくしてるんです」から読む)

1970年の大阪万博で建築というものに大いなる憧れを抱き、大学の建築科に入学したものの、その年に第1次オイルショック。若き建築学生は、就職状況が最悪という時代に行き当たります。

:カッコよく言うと、その時が建築というものに対して味わった挫折の1回目です。それで、僕は学部の後は大学院に進むのですが。

その大学院時代に安藤忠雄さんの仕事ぶりを見て驚いたという話が、第4回(「中国は共産主義だけど、オーナー文化なんですよ」)に出てきましたね。

:僕が大学院の学生だった頃、建築界では安藤忠雄さんを筆頭に、伊東豊雄、石山修武、石井和紘、六角鬼丈さんといった、1940年前後に生まれた「野武士」と呼ばれる世代が登場したんです。

隈さん世代の前世代に当たる、いわゆる「第3世代」の建築家の方々ですね。

野武士になれず途方に暮れる

:僕の一回り上の世代で、彼らはそれこそ20世紀システムとかアメリカ文明とか、従来の権威とかに対して野武士的に反旗を翻した。その従来の権威というのは、政・官・民が一体となって、右肩上がりの大量の仕事を分配するという、第2次世界大戦後の経済成長を支えた仕組み。そこに建築もしっかり組み入れられていたわけだけど、野武士的な彼らは既存のシステムに与しようとしなかったんです。

それこそカッコいいじゃないですか。

:でも僕たち世代は、そういう野武士的な暴力性も迫力も持ち合わせてなかった。

 大阪万博で建築を夢見たお坊ちゃんですものね。

:オイルショック後、それまでとは別の国になってしまった日本で、20世紀的な仕事の分配システムが続くとは思えなかったし、かといって野武士の暴力性にはかないそうもないし、「俺たち、どうなるの?」と途方に暮れました。

 安藤さんにすごく憧れて、大学院を修了してコンクリート打ち放しの建築を真似し始めた同級生もいましたが、同じ打ち放しをやったら、野武士の暴力にかなうわけがないじゃないか、と僕は醒めた目で見ていました。

コメント3

「今日はミャンマー、明日はパリ 建築家・隈研吾が語るグローバル仕事術!」のバックナンバー

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「「挫折って、人間に一番必要なものですよ」」の著者

清野 由美

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト

1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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