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日本人スイマー、メダルへの“突破論”

背泳ぎで「金」を狙う!寺川綾選手を育てた平井伯昌コーチに聞く

  • 高島 三幸

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2012年7月27日(金)

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 北京五輪後の2008年末、北島康介選手や中村礼子選手を2大会連続五輪メダリストに育てた競泳日本代表ヘッドコーチ、平井伯昌氏の門を叩いた1人の女子選手がいた。ロンドン五輪でメダル獲得を狙う背泳ぎの寺川綾選手だ。

 寺川選手は19歳の時、2004年のアテネ五輪で8位入賞を果たし、美人スイマーとしてもメディアから注目され続けてきた。だが、その後、思うように結果が出せず、北京五輪の出場も叶わず、一時は日本代表からも外れるようになった。そんな寺川選手が、平井コーチ指導の下、今季世界3位の記録を引っ下げ、ロンドン五輪での金メダル獲得を目指してレースに挑もうとしている。

 伸び悩んでいたベテラン女子選手を、平井コーチはどのような指導で復活させ、自身の限界を乗り越えさせたのか。世界で勝ち続ける名将のコーチング論を聞いた。

寺川選手が“チーム平井”の門を叩いた時、一度はその申し出を断ったと聞きました。

平井 伯昌(ひらい・のりまさ)
1963年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、東京スイミングセンターに入社。2004年アテネ五輪、2008年北京五輪の2大会で、北島康介選手に100m、200m平泳ぎで金メダル、中村礼子選手に200m背泳ぎで銅メダルをもたらす。北京五輪後、競泳日本代表ヘッドコーチに就任。2011年上海世界選手権では、北京五輪後から指導している寺川綾選手が50m背泳ぎで銀メダルを獲得した。寺川選手のほかに、バタフライ日本記録保持者の加藤ゆか選手、自由形日本記録保持者の上田春佳選手といった教え子をロンドン五輪に送り込む。現在、『日経ビジネスアソシエ』で「平井伯昌の“金メダリスト”育成塾」を連載中。結果を出す人材を育てる思考法が満載の新著『突破論~世界で勝ち続ける秘訣、60の“金言”』(日経BP社)を発売。平井レーシングチームのホームページはこちら
(撮影:小川拓洋、 以下同)

平井:私にとって寺川は、指導してきた中村礼子より弱い選手という認識しかなかったんです。試合のウォーミングアップの寺川の泳ぎを見ても、「この子は何のために水泳をやっているのかな」と思うぐらい覇気がないように思えた。そんな成人選手を一から教えるには時間と手間がかかるし、信頼関係を構築するのも大変だと思いました。しかし、20代半ばという年齢から選手としてのピークを考え、並々ならぬ思いでの依頼だったのだろうということは感じていました。

 寺川が年末の合宿に参加したいというので、許可したところ、練習量がキツイのでさすがにへばっていましたが、中村よりもスピードはあるし、練習も必死でついてくる。抱いていたイメージが変わり、可能性も感じたので指導することにしました。

では、そこからスムーズに指導に入れたと。

平井:いや、すんなりではなかったですね。最初の2年ぐらいは試行錯誤の連続で、なかなか私が思う通りの練習はできませんでした。例えばまず、寺川との接し方について考えました。私はチームでの練習を大切にしています。安易に妥協できないチームの雰囲気を作り、非常に厳しい練習を切磋琢磨しながら乗り越えて、個人の能力をアップさせていきます。そのチームの雰囲気は絶対に壊したくなかったから、言葉は悪いですが、初めはあえて寺川を“粗末”に扱うことにしたのです。

なぜ“粗末”に?

平井:距離を取るといった方が分かりやすいでしょうか。私は選手を下の名前で呼びますが、寺川は苗字や「おーい」などと呼んでいました。それは、早くから頭角を現した彼女を大人たちがちやほやしてきたことに原因があります。

 例えば、「今日はこの練習をやるぞ!」と指示すると、寺川だけずっと私の方を見ています。そして目が合うとにっこり笑うんです。驚きましたが、すぐに気づきました。「そうか、この子は今までコーチにおまえのことを一番見ているよ!などと特別扱いされた指導を受けてきたんだろう。どこにいても“お嬢様扱い”で、きっと彼女がやりたい練習だけをやるといった甘い環境だったのだろう」と。寺川自身にも、特別扱いはしない、チームで強くなっていくんだということを認識させたかったし、“ワンオブゼム”として接しないと、ほかの選手が焼きもちを焼き、チームの雰囲気が崩れる恐れがあるとも考えました。

 結果、ほかの選手からの妬みなどもなく、彼女はチームの輪にすんなり入っていきました。

 もう一つ考えたのが、寺川の“失敗の引き出し”についてでした。

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