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私が42歳で死ぬと思った理由

2013年4月22日(月)

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 チョコレートの「キットカット」やインスタントコーヒーの「ネスカフェ」などを販売するネスレ日本の高岡浩三社長兼CEO(最高経営責任者)は、父も祖父も42歳で亡くなったことから、自らの寿命も42歳で尽きることを覚悟して生きてきた。42歳を人生の「〆切」と定め、42歳からの逆算で人生を駆け抜けようと決めた結果、高岡氏は、今では1つの文化にまでなっているキットカットの受験生応援キャンペーンを成功させ、生え抜きの日本人として初めて社長に上り詰めた。

 このコラムでは人気プロデューサーおちまさと氏のプロデュースで高岡氏が自らの考えを綴った初の著書『逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ』の一部を掲載し、高岡氏の逆算の人生哲学を紹介する。

 なぜ私が42歳で死ぬと思ったのか。その話をする前に、まず私が何者なのかを説明しなくてはいけないでしょう。

 私はネスレ日本の社長兼CEOをしています。1960年生まれの53歳。幸い42歳では死にませんでした。生まれ育ったのは大阪です。「なんだ、42歳で死んでないじゃないか」と言われそうですが、それはたまたまというか運命というものでしょう。43歳になるその日まで、私は42歳で死ぬかもしれないと本気で考えていました。

 私が日本法人の社長を務めるネスレという企業をご存じでしょうか。有名なのはまず「ネスカフェ」でしょう。「ダバダ~」のCMで有名な「ゴールドブレンド」などのコーヒーブランドです。あとはチョコレートの「キットカット」。このチョコレートは私の会社人生を語るうえでも非常に重要なものですが、その話はまた後にしておきましょう。そのほか、ネスレは麦芽飲料の「ミロ」、調味料の「マギーブイヨン」、「フリスキー」や「モンプチ」といったペットフードも手がけています。スイスに本社を置く世界最大の食品・飲料メーカーです。

 ネスレという会社については別の章で詳しく述べますが、私はこの会社に新卒で入社し、以来30年間勤めてきました。ネスレはスイスが本社の企業ですから、分類としては「外資系」ということになります。ネスレが日本に進出したのは1913年ですので、2013年は創業100周年ということになります。実はこの100年間、ネスレ日本の社長はほとんど外国人が務めてきました。これを外資系だから当たり前と感じるか、おかしなことと感じるかは、反応が分かれるところかもしれませんが、いずれにしても私は100年の歴史の中で、生え抜きとして初めて社長になった日本人です。

 ネスレというグローバル企業の中で、結果を出すことができ、責任ある立場を任せてもらえたのは、やはり「42歳」をひとつのゴールに置いた「逆算」の人生を送ってきたからだと思うのです。

 先ほども書いたとおり、私は大阪府の堺市で生まれ育ちました。小学校の途中までは、特に変哲もない「普通」の子供時代を送っていたと思います。ところが、そんな「普通」の子供時代が10歳の誕生日に突然、終わりました。

 ちょうど10歳の誕生日に父が亡くなりました。42歳でした。実は父の父親、つまり祖父も42歳の時に亡くなっています。私が42歳を人生の終着点と考えて、そこから逆算する人生を考え始めたのは、このことがきっかけでした。「高岡家の長男に生まれると遺伝的に長く生きられないのかもしれない。だから自分も42歳には死ぬのだろう」。父の死に直面して、私はそう思うようになりました。

 でも人生を悲観したわけではありません。他人より短い人生ならば、ほかの人の2倍の速さで駆け抜けよう。父の葬儀で喪主を務め、弔辞を読んだ時、私はそう誓ったのです。正直に言えば、その後の人生でそれほど切実に「42歳で死んでしまう」と思っていたわけではありません。でも、人生の節目ごとに「42歳」という年齢を意識してきたことは間違いありません。

 10歳。そこから私の逆算人生はスタートしたのです。

父も祖父も42歳で亡くなった。
自分も42歳で死ぬと考え、
そこから人生を逆算し始めた。

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「ネスレ日本社長 高岡浩三の「逆算力」 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ」のバックナンバー

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「私が42歳で死ぬと思った理由」の著者

高岡 浩三

高岡 浩三(たかおか・こうぞう)

ネスレ日本社長兼CEO

1983年、神戸大学経営学部卒、ネスレ日本入社。ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット」受験キャンペーンを成功させる。2010年11月ネスレ日社長兼CEOに就任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

おちまさと

おちまさと(おちまさと)

プロデューサー

1965年東京都生まれ。ヒット番組やWEBサイトの企画、企業ブランディングまでジャンルを越え活躍。「対談の名手」としてインタビュアーを務めることが多く、ブログやツイッターも高いアクセス数を誇る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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