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1940年体制が決めた日本の生命保険商品

そのこころは義理・人情・プレゼント(=GNP)

2013年5月31日(金)

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前回(5月30日付の記事)、日本における生命保険会社の成り立ちを解説しました。今回はその続きです。

「なぜ、生命保険会社はどこも同じような商品を売っているのですか?」

 生命保険会社を経営していて必ず訊かれる質問です。

 その理由のひとつは、前回もお話ししたように、あらゆる保険会社が原則同じ死亡表に基づいて、基本的には5種類しかない商品(死亡保険の定期と終身、生存保険、医療保険の定期と終身)を作って売っているから、なのですが、それ以上に大きな理由がありました。

キーワードは「1940年体制」

 保険会社各社が違う商品を売ってはならない時期が長く続いていたのです。つまり他社とは違った商品を売ってはならない、と国が規制していた奇妙な市場だったのでした。

 なぜそうだったのか?

 キーワードは「1940年体制」。これは経済学者の野口悠紀雄さんの作った言葉で、戦時下の日本がとった国家体制を指します。

明治生命は1881年に設立

 日本で最初の生命保険会社である明治生命は1881年に設立されました。それから生命保険は契約が急増し、1937年には生命保険会社の保有する資金は国全体の資金総額の10.7%にまで達しています。商品の中心にあるのは長期の保険契約ですから、資金は長期資金ですね。実に安定した性格の資金です。

 生命保険のこのお金を政府が放っておくはずがありません。時期はまさに日中戦争から第二次世界大戦に突入する直前。戦争遂行のための資金として使いたいと考えます。そのために国は保険会社を銀行のように支配することを思いつきます。

 ドイツ軍のポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発した1939年に、政府は保険会社の監督官庁を商工省から大蔵省へと移し、保険業法を大幅に改正します。保険会社は事実上政府の完全支配下に入りました。

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「1940年体制が決めた日本の生命保険商品」の著者

出口 治明

出口 治明(でぐち・はるあき)

ライフネット生命保険会長兼CEO

1948年生まれ。京都大学を卒業後、日本生命保険に入社。同社を退職後、2006年にネットライフ企画設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険に社名変更。2013年6月より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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