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1964年 新幹線がオリンピック前に開通できた理由

老川慶喜・立教大学教授に聞く『東京オリンピックの社会経済史』

2013年9月10日(火)

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 2020年夏季オリンピックの開催地として東京が選ばれた。1964年の前回大会から56年、2度目の開催になる。今度のオリンピックは東京にどんな影響をもたらすのだろうか。経済効果の試算は既にあるが、経済以外の影響として何があるのか――。今回は、あえて前回の大会について振り返ってみたい。10人の学者が東京オリンピックを分析した『東京オリンピックの社会経済史』(2009 日本経済評論社)を執筆・編集した老川慶喜・立教大学経済学部経済学科教授に話を聞いた。(聞き手=瀬川明秀)

2020年のオリンピック開催地が東京に決まりました。

老川 慶喜(おいかわ よしのぶ)
1950年生。立教大学教授。専門は近代日本経済史、経営史。交通史特に鉄道史から研究をスタートし、近年は戦間期の自動車工業、第1次大戦後の生鮮食料品市場問題、さらには戦後の運輸業などに研究対象時期と分野を広げている。著書『近代日本の鉄道構想 (近代日本の社会と交通)』(日本経済評論社 2008年)で「交通図書賞」を受賞。

老川WEBページで今回の大会構想を紹介していますが、今後、具体的にどんな形になるのか、それがどんな影響を日本にもたらすのかはまだ分かりません。ましてや、どんな影響があるのかを取材したいなら、社会経済史を専門とする研究室に来るのは早すぎますよ(笑)。

ええ(笑)了解してます。今日は、前回の大会(1964年)のお話です。2020年の五輪がどんなものになるのか、どんな大会にすべきかを考えるためにも、前回の東京大会がどんなものだったのかを改めて知ることに意味があるのではないかと……。東京大会はもはや半世紀近く前のイベントですが、先生は当時何歳でしたか。

老川:13歳です。私は埼玉県川口市の生まれです。川口は鋳物工業で有名な土地でもあります。国立競技場に据え付けられたあの大きな聖火台は、川口の鋳物師さんが造ったものです。学校でも話題で会場に行きました。テレビでは、アベベや円谷幸吉のマラソン、東洋の魔女の女子バレー、柔道のヘーシンクを覚えています、フランクな閉会式も観ました。そして翌年公開された市川崑監督の映画「東京オリンピック」も観てます。おそらくある年齢以上の日本人にとっては今も脳裏に刻み込まれているスポーツの祭典だと思います。

確かに、映画「東京オリンピック」は面白いですね。ビデオで何度か観ましたが、現代のエンタメ系スポーツ中継とはまったく違った映像やナレーションが今も新鮮です。あと印象的なのは、東京の景色はもちろんのこと、日本人の顔が違います。喜び方とか応援の仕方も違う。先生は「このオリンピック以降、日本人は変わっていった」とおっしゃっていますが、一体何が変わったのでしょう。そもそも64年のオリンピックとはどんな大会だったのでしょうか。

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「1964年 新幹線がオリンピック前に開通できた理由」の著者

瀬川 明秀

瀬川 明秀(せがわ・あきひで)

日経ビジネス副編集長

日経ビジネス、日経ベンチャー、日経ビジネスアソシエなどを経て、日経ビジネスオンライン開設後はオンライン編集がメインの業務。2012年からは日経BPビジョナリー経営研究所の研究員を兼務。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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