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読者の皆様からのフィードバック

キーパーソンに聞く なぜ電車で「中ほど」まで進まないのか ~気の利かない人が増えた理由~

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私の乗る路線は、入口が片側に固まっているので、
奥というと反対側のドアを想像していましますが、
奥=通路の中ほどという意味とすると、私も降りれなくなるという理由で、
通路の中には行かないです。
(降りれるレベルの混雑の場合は奥に進みますが)

通路の奥に行かないというよりも、行かなくてすむようにします。
・反対側のドアに進む
・3人席のほうに進む。(3人席前は降りやすい)

反対側のドア付近で良く見かける気の利かないパターンは以下の2つです。

(1)つり革に掴まりたいため、つり革の下に居座るパターン
つり革の下にいる人とドア付近にいる人の間がぽっかり空間になってます。
気持ちは分かります。

(2)ドアの端で寄りかかって足を斜め前にしているパターン
これは、やられると大変迷惑なので、まっすぐ立ってください。
前方空間が確保しやすいので、気持ちは分かります。
椅子なし車両でも同様の目に合いますが自粛して下さい。(2017/03/21)

なぜ電車で「中ほど」まで進まないのか
ドアの入り口の座席の横に立つ理由 それは 腰が痛いから 膝が痛いから 座席はいっぱいで座れないので 何かにもたれたいから 腰の痛みに耐えて 長い時間を電車で揺られながら立っていることがとても辛いから 満員で押されても 何かに腰を持たせられれば 我慢できます
~気の利かない人が増えたなどと戯言を言う前に 個人の事情を少しでも考えてみてください(2017/03/21)

気が利かない意地の悪い人=まともに育てる能力を持たない親に育てられた可哀想な人
気が付いているのに他人の為にスペースを開けることのできない人=会社で立場がなく他に自己主張おできない能力の低い人
スマホばかり観て身体の具合の悪い人に席を譲れない人=正真正銘のバカ
以上のようなような乗客が多い路線の民度は低いと思える。
私が使っている東急田園都市線はそういう路線。松葉杖をついている人にさえ席を譲ろうとする人が居ない。カバンをドアの近くに於いても動かさないバカな高校生。股を大きく開いて座っているサラリーマン。後は小奇麗な格好しているくせに濡れた傘の先が自分に濡れないように腕に掛けてる女は。人を濡らしても自分は濡れないという性分の悪さ。育ちの悪いのは服装では隠せない。
感心するのはおばあさん達、席を譲ってもほとんどのおばあちゃんは「直ぐに降りますから」と先ずは断る。おじいさんに比べておばあさんの方がしっかりしている。「降りるまで座ってくれたら、また替わって下さい。」と言ってでも席を譲りたくなる。そういうおばあさんに育てられなかった親はダメで、その子供達はダメぶりは累積していくようだ。(2017/03/21)

この記事に批判的な方は、自分が自己中という事を自覚しない気の毒な方々ですね。

自分が正しいと思い込んで著者を批判するのは幼児と同じで、十分なしつけをされず育ったので親の責任もあるのでしょう。しかも多数派のようですから困ったものですね、反省回路が無いのは。

混雑を緩和する為に奥に行くのは当然の事で、中には一駅で降りるとか体調に問題があるとかの方は別にして自分さえ良ければ良いと言う考えで戸袋付近で、人が降りるのを邪魔するように立っている方は頭が壊れているとしか思えませんし、片方でも迷惑なのにひどい時は両方の戸袋で降車の邪魔をしている事があります。

ガラガラの電車でも平気で着飾った女性がシルバーシートに座るのも、まったく同じ感覚なのでしょうね、何も考えていない状態です。(2017/03/21)

気が利かない人が増えたという結論ありきで書かれた駄文だと思います。そこまで言うなら、統計的な調査はされたのでしょうか?自分が満員電車に乗っていた頃の記憶を引き出すと、座席近くに立つのって、パーソナルスペースの関係でストレスを感じるというのもあると思います。逆に中の方までズカズカと入れる人って、逆に他人への気遣いのない人のようにも思えます。まぁ、見方は色々ですね。自分は乗り降りのスムーズさ(つまり、他者へも極力迷惑をかけない)優先で、出入り口付近に立つことが多かったですけど。(2017/03/21)

すごく頭でっかちの議論だと思いました。僕の場合は奥に行かない時の一番の理由は、単純に降りたい駅で降りれない可能性が高いから。そういう人って多いんじゃないでしょうか?(2014/01/30)

私の場合はPDをわずらってるので窓際でないとだめなんです。最近はそういう人も多いと思います。 一概に決め付けて言い切るのはいかがなもんかと。 なので私の場合はそもそも混雑電車に乗らないよう遠回りしたり、各停のったり、時間帯変えたり工夫してます。 ときどきやむを得ず立ちふさがっちゃうような 状況になるときもありますが申し訳ないと思いつつも窓際にいます。(2014/01/30)

気を利かせるなら、定員を超えた分は全員おろす。つり革つかめなければそれで終了。  そうすれば、ドア付近にはつり革がないので自動的に中に行くしかなくなりますよ。  これで人間的な通勤が出来ます。ただ運賃3倍増しかもしれませんが。  気を利かせるには、身の危険がない状況が必要です。自分がしんでも人を助けたというのは美談とは言いません。ただ残念なだけです。(2014/01/29)

気を遣えるのは、全員が安全に過ごせるまでだから、所詮は運ばれる物体に成り下がったもの同士なかよくやろうや位でしょうか。なんで列車・路線バスは定員守らなくていいんでしょう、不思議ですね。自家用車なら、1/3人でもオーバーしていれば、違反で減点ですよ。  だれも押しつぶされる環境にいたくないし、不安定なところにいたくない。自由度が少なく、安定するのがドア付近というだけです。中にいいところがあれば、自然に中程に流れていくんじゃないでしょうか?  鉄道会社も最後は押し込むつもりで車両を設計しているから、ドア付近のつぎの真ん中付近には手すりもつり革もない、この不安定、四方囲まれたところ、一番いたくないところです。  中程に、もっと、つかまったり、よっかかれる仕切りがあってもいいんじゃないかという意見面白いですね。  みんなで中まで詰め込めばいいんじゃないか?運ばれている物体になりきれたら、それはそれでしあわせかもしれません。(2014/01/29)

奥に入ると周りが固定的になりますが、もしその状況で気遣いの無い行為(咳・くしゃみ・ガム咀嚼音・匂い等)に遭遇した場合のリスクを考えると周囲が流動的な方が気楽です。 一駅だけ我慢すればいいのと、しばらく我慢のどちらがいいかは人によって違うと思いますが、私は一駅で御免です。(2014/01/29)

これ、本当に満員電車の話をしているのだろうか。普通はどれだけ粘ろうとも押されて奥に行ってしまうものだ。それでもドア脇にいられる場合は、流れの邪魔になっていないということ。この人たちは目的の駅に着くまで動く必要はない。動かれた方が邪魔だ。気が利かないのは、加減速時に踏んばらない人とドア付近にいながら駅で「一旦降りる」ということをしない人だ。また、大して混んでいないのに奥にどんどん進む人も気が利かない。あれは座席前に立っている人の迷惑だ。これらは殆どの場合、状況判断能力の話だと思う。そして記者の短絡的な思考が一番気が利いていないように思うのだが。故意ならやめていただきたい。そうでないなら…とにかくやめていただきたい。尚、駅員の「奥までお詰めください」はホームで人が溢れる危険を防ぐためであり、電車内の人を更に潰そうとしているのである。圧迫されて苦しい時にあのアナウンスを聞くと、鬼ではないかとすら思うものだ。満員電車とはそういう状況を指す。(2014/01/29)

寺田寅彦の「電車の混雑について」と同根の問題で、昔からある人間の基本的な心理に基づく事象だと思います。最近の~、という見方はきっと見当はずれではないかなと。 実感としても、子供の頃の通学から30年ほど首都圏の混雑電車を利用していますが、最近マナーが悪化したとも昔は良かったとも思いません。 また、車内の中の方にいる人のうちでも、ひとたび吊革でも掴もうものなら、周囲の人の配置がどう変わろうと「ここは私がの場所だ」と動かずに、少し鞄が触れただけでも舌打ちするような人をしばしば見かけます。 戸袋のところに陣取ってる人よりマナーがよいと本人は思っているのだろうけど、自分が一応でも気に入って一度落ち着いた場所(ある意味の既得権益?)に過剰に固執して、周囲を顧みずに変化を避けるという頑なさは、両者ともまったく同じで幼稚だなと感じています。 ・・・感想としてはこの記事は少々、薄っぺらいと思いました。(2014/01/29)

「気が利かないんじゃなくて、乗換えが早くできるように出入り口付近に立つ!」との擁護が多いですが、自分以外の乗客も早く降りたいとは考えないのでしょうか。自分さえよければ良い、とする考えがマナーを上回っているように感じました。この考えがエスカレートすれば、並んでいる人の横から入ってしまうのも「気が利かないんじゃなくて合理的」で通されてしまいますよね。なんとも残念。電車の中ほどまで進んでいますが、降りたい駅で降りられてます。丸の内線です。(2014/01/29)

昔っていつですか? ちゃんと検証したのでしょうか? 「昔はよかった」っていう妄想ではないでしょうか。(2014/01/29)

奥に進む技術が無い人のために、私が率先して練習台になろうと思います。これから入り口付近に立つので、「通ります」と一声かけて奥に進んでくださいね。▼気が利かないのではなく、練習台となるべく入り口付近に居るので、イラつかないようにしてくださいね。そして、一声かけてから奥に言って、気がつかない人や技術が無い人の見本となっていただけるとありがたいです。(2014/01/28)

わたしの田舎の電車では、もっとも混んでいる時間帯以外は、通勤時間帯でも車両の中程と入り口とは何とか行き来可能だが、東京では無理。あんな混雑が普通だと思っているのは、東京人だけ。本当にひどい。東京人の常識は、日本全体の非常識だ。わたしは主張する。遷都せよ。東京は超過密で、別に東京にいなくてもいい人間がわんさかいる。なぜ日本の会社の本社は東京ばかりなのか?なぜ官僚は東京にいないといけないのか?中京地域に遷都せよ。皇居は京都へ戻す。官僚と官僚が好きな会社の本社は、すべて新首都へ移転だ。東京五輪のじゃまになる無駄な東京人は、新首都へ移転させよ。(2014/01/28)

コメントを寄せられた方の、使用路線・乗降駅・利用時間帯を集計してみたら興味深い結果が出るのではないかと思います。記事に否定的な方は本当に気の利かないのか、はたまた物理的に致し方ないのか判断できそうです。記事に肯定的な方の利用路線なら余裕を持って通勤できそうですし。 満員電車の話題はコメントが多くつきますが(ベビーカーに関するコラムのときもそうでした)、個人的にはマナーを期待できる環境ではないので経済的アプローチで解決するしかないと思っています。具体的には、「ラッシュアワー時の運賃大幅引上げ」「都内企業の早朝残業支給義務付け」など。(2014/01/28)

電車通勤をずっと続けていますが、電車の中ほどまで進まないのは10年、20年前からそれほど変化はありません。電車の中ほどまで進まない理由の論理展開はとてもお粗末で無茶苦茶です。 気が利かない人が増えたということは同感しますが。(2014/01/28)

“奥に進まない人”が多いことには同意しますが、“最近”かどうかは疑問を感じます。と言うか、この「奥までお進みください」って、結構昔からアナウンスされていませんでしたっけ?あと、最近はすぐにキレる人が多いですから、私は自分の子供たちには「誰かれ構わず注意をするようなことはするな」と教えています。もちろんあまりいい社会とは思えませんが、ちょっと注意しただけで殺されてしまうのは、とても割があわないと思います。(2014/01/28)

なんとなく感じていたことが記事になった感じがしました。当方はここ10年ほど自転車通勤なのですが、この傾向は電車の中に限りませんよね。自転車で走っていても、配慮のない歩行者・自転車・自動車はいっぱいいます。 >コメント欄も理由を並べ立てて気の利かないことの言い訳をしている方も多数いて可笑しい。 その通り。まるで小学生のいいわけを聞いているようです(しかも何人もいる!)。わたしもそうならないよう気をつけなければ。 (2014/01/28)

奥に行かない理由は、駅に着いて、奥から降りるとホーム上に人が溢れていて、エスカレーターや階段に着くまでに時間が掛かり、乗り換え時に一本乗り遅れてしまう可能性が高くなるからです。決して気がきかない訳じゃない人も多いと思います。(2014/01/28)

昔の「中ほど」は「さぁさぁ詰めて!詰めて!」という電鉄会社の文句なのかと思っていた。 昔は駅員さんに赤や白の旗の先でギュウギュウ車両に押し込まれていた。 現在そんな行為をしたら即痴漢だの苦情が出るから大変。 誰も押してくれないから中ほどまで進めなくなった(2)の周辺環境情報が十分に把握できない人が増えてしまったのかもしれない。川西さんと同じで私は電車で「すみませ~ん」が言えるが電車通勤をしていない人が電車に乗ると目も当てられないほど状況把握できていない、友人がそうだった。 通勤でも多く見かけ、そんな行動にイラっとするときもある。 会社には新卒採用で体育会系の男子がこの春から来るが“気が利いている”ことを望み、教育に励もうと心に誓った。(2014/01/28)

73歳の老人。小学生の時、放課後全員で教室や廊下の清掃を行い、便所掃除もした。父兄も当然と思っていたのと思う。男子だけの中学・高等学校でも教室の清掃と便所掃除があった。便所掃除については父兄会で何人かの保護者から異議が唱えられたが、私の母親は「宜しいのではないですか」と発言したと聞いた。高校生になると教室の清掃をする人数が次第に減っていき、高2からは完全に私一人に なった。同級生は私に向って笑顔で「○○は人間ができているからな」と言って帰っていったが、私は「掃除していけよ」とは言わなかった。また、悔しくもなかった。ジョージ・ワシントンの伝記で、桜の木を伐って父親に問われた時の逸話を読んでいたから、愚直に行こうと思っていた。私は電車でもバスでも、奥に入る。必ず、「失礼、奥に入ります」と声をかける。入り口よりもはるかに快適だから。 (2014/01/28)

自分が楽をしたいからと、みっともない言い訳のコメントがズラリ並んで壮観ですなぁ。 「すいません、降りますので・・・」の一言まわりに掛けるだけでまわりも協力してくれるものですが、実際声をかけるのは10人に1人もいませんね。ああ幼児大国ニッポン。(2014/01/28)

個人的な印象では、日本人達はドアのそばに立ちたいのではなく、端っこに居たいだけなのでは。不安定な電車の中で倒れるなどの身体的傷害リスクを減らすために端っこに立つ。それがたまたまドアのそばなのではないのかとも考えられます。電車内の移動ができなくなるかもしれませんが、車両内に壁を作って、体を持たれかける場所を設けてみるのも、実験として面白いかもしれませんね。山手線車両の座席の仕切りは、パーソナルスペースが狭いですが明確になる、結構良い取り組みと感じていますので、同じような取組みができるかも知れません。(2014/01/28)

あらゆる場面で気の利かない人が増えてると思いますが、コメント欄も理由を並べ立てて気の利かないことの言い訳をしている方も多数いて可笑しい。自分を正当化する前に行動しろと言いたいところですが、譲り合いの精神が欠如していると難しいのでしょうか。 (2014/01/27)

中まで進まない理由は明快で、「中まで進む際に途中の人をかき分けなくてはいけなくて周囲に不愉快がられる」「降りる際にもう一度同じ経験をする」からでしょ。だから中まで進む人を増やすには皆が順番に奥に詰めるしかないですし、これだけでは降りる時の問題を解決しない。気が利かないとかではなく、それぞれは周囲の反応に敏感で他人に迷惑をかけないよう自分の頭で考えた結果としてドア付近で過ごすようになるのです。これの解決法を考え付いたらノーベル賞ものでしょう。本当に考察が甘いと思います。ちなみに本当に未熟で気の利いた判断ができない人というのは別のグループにいて、それは主に中高生ですが「足許の床に鞄を置いてそれを跨いで立つ」グループです。これがドアのところに数名で輪になって立ったりするから全方向に邪魔なんだよね。もちろん大人になってもこれをやっている人もいますが…。(2014/01/27)

久しぶりにすし詰めラッシュアワーを経験しました。記事のように、奥は何人も入れる隙間が窓から見えましたが、ドア付近はギューギュー詰め状態でした。無理に押して入ったのですが、そこで気づきました。ドア付近を占用する人の何人かは、「もう入ってくるな」という意思表示のため「自発的に」かつ「意思を持って」仁王立ちしています。(2014/01/27)

なんだかんだ言っても、結局はラッシュを何とかしないとどうにもなりません。世相は変わるのにラッシュは一向になくならない、利用者はさまざまなストレスを抱え続けています。奥に入ると、全方位(笑)人に囲まれてもたれる所、よりかかれる所がないんですよね。急停車、徐行状態に入ったときのストレスや疲労を考えると、奥に入って立つ気にはなれないかもしれない。(2014/01/27)

自分はどうか、と思った時に、降りるときに一番階段or出口近いドアを狙い、乗り換えを最短で行う。通勤2~2.5hで身についた。ラッシュは嫌い+早出(時間外勤務)をつけるために、始発に近い電車で通勤している。 奥はガラガラ、特定の扉付近は超すし詰めに遭遇したことはたくさんある。でもそれはニーズを反映しているのだ。中には気が利かない人もいるだろうけれど、ニーズの方が大きいと思う。 配慮だけが問題ではないが、気が利かない人もいる。通勤にもまれることで、列に割り込んだり、奥に入り込んだりするスキル(タイミングやぶつかった時に荒立てない方法)を身に着けていくものだと思う。 (2014/01/27)

中ほどの方が駅ごとに乗降する人の動きが比較的少ないので、私は好んで奥に行きます。(2014/01/27)

多数のエゴイズムと忍耐と僅かな気遣いを乗せて、今日も満員電車は都会を走る。それ以上でもそれ以下でもない。(2014/01/27)

この3パターンは、ちょっと腑に落ちません。わたしも通勤電車を毎日長時間利用していますが、空いているうちにドア両脇あるいは車両最奥のスペースを確保することは死活問題です。歳を取ると電車の中でバランスを保つには相当消耗します。こうした場所は凭れ掛ることが出来るため、どんなにもみくちゃにされようと体力の消耗が少ないのです。また、終点まで行くなら良いのですが、300%乗車の電車の真ん中から途中で降車するのは至難の業なのです。単なるモラル問題に矮小化せず、今後の高齢化を見越しての電車の構造や都市鉄道システムの改善など建設的な提言が欲しいですね。なお、通勤電車で毎日毎日同じことをこれでもかという程の大音量で放送するのはやめて欲しいですね。せめて鉄道会社自身が騒音源になるのはやめるべきです。(2014/01/27)

これが、お・も・て・な・し・の国か?(2014/01/27)

まさにこのような情景に出くわしています。 すぐ降りるためや、安全の確保のために、ドア近くに乗るのはわかりますが、乗る場所以外にも、電車のマナーが保てていないというのを筆者は伝えたかったのだと思う。 ホームでドアの前で待つ、降りる人の前に乗る、音漏れなど言い出したらきりがありません。 高齢の方や妊婦の方にもゆずらない…など含めて、マナーとモラルの低下は確実に進んでいます。 ドアの近くに乗るんなら、最後に乗るなどの配慮や回りに目を向けてと言うことを行うだけでよいのに…(2014/01/26)

そもそもオイルサーディンさながらの満員電車が当たり前というのがおかしいのですが、中に入りたいからと物理的に人を押す行為もマナーが良いとはいわないでしょ。他の行為でも我先にと周囲の人間を押しまくって乗り降りする人、席が空くと周囲も見ずに飛びつく人、スポーツ新聞の猥褻なページを堂々と広げている人など気が利かない行為が多い人は残念ながら40代後半から上の年代の男性に多いように思います。さらに場所を広げれば、狭い歩道で絶対に譲らないのも歩きたばこが多いのもこの年代。くしゃみやあくびをするのに声を発しないとできない人が多いのも、食事で音を立てる人が多いのもこの年代です。もっとも、気が利かない人イコール電車で中ほどまで入らない人みたいなので他のマナーの悪さは取るに足らないみたいですが。 (2014/01/24)

これは日本人だけに言えるのでしょうか?私は4~5人掛の長椅子(裁判所の傍聴席・大学の教室・教会の座席・会議室等々)には必ず両端にしか座らない人ばかりだと思います。後から必ず人が来るのが判っていても、頑強に端の席を微動だにしません。もっと長い座席・椅子(演奏会等)でも見事に両端に一人づつ列を成しています。中に他人を入れさせまいと関所の積りにみえます。私は空いていれば必ず真ん中辺りに座りますし、端にいる人を越えて中に入りますが、大体露骨に嫌そうにされます。 ひとり早めに来た人はほとんど端にしか座りません。 これは日本人の特性習慣なのでしょうか?座席指定だと必死に探す一方、逆だと後から来る人の事を全く考えていないように思います。(2014/01/24)

ぐだぐだと自分がそこにいたい理由を述べている人が多いが、個人に語るならまだしも、公共の場で(または不特定多数に対して)通る理屈だと思っているんですかね? あなたにもそうしたい理由があるように、他の人にもそうしたい理由がある。意地と意地のぶつかり合いは、不幸な結果を生むだけだと思いますけどね。 公共の場であるならば、与えられた状況でどう振舞えばその場にいる人達の満足度が上がるのか、そう考えて行動してほしいですね。 安易な自己防衛は、場合によっては他人の過剰反応を引き起こしますよ。我慢することもも考えてほしい。(2014/01/24)

名古屋市営地下鉄を利用していますが、8割方の人が奥に進もうとしないと感じます。皆、目的の駅で自分が先に降りたいと待ち構えている様子です。また、立っている人がまだ降車していないのに、座っている人が降りようとする光景もよく目にします。こういった殺伐とした状況を改善すべく、模範を示そうとする川西さんの活動に頭が下がります。できない子供たちをやさしく見守り、諭す母のようです。(2014/01/24)

自分の意図する記事を作りたいがための誘導尋問に見えました。私も多くのコメントと同じように、降りる駅が近い時は、降りれなくなるリスクを恐れて、あえて奥に行かないことがあります。実体験がある人ならわかりそうな理由ですが、あえて挙げないのは公正なんでしょうか。 インタビュアーは記事作りに猛省が必要だと思います。(2014/01/24)

記事は電車の場合ですが、バスでもひどいですよ。電車だと録音のアナウンスが流れるか、せいぜい車掌の見える範囲で「中ほどへ」の案内があるぐらいでしょうが、バスの場合は運転手が具体的に「あとお二人乗られる方がいらっしゃいますので奥までお詰めください」とか言ってるのに、ガン無視してスマホをいじっている人のなんと多いことか。唖然とさせられます。この辺のバスは前乗り後ろ降りなので、奥まで進んだほうが降りるときもラクなのに、ワケが分かりません。(2014/01/24)

川西さんて、本当に心理のプロ?色んな理由があるかもしれないが、小生は<電車で中ほどまで進まない理由は、最大のものは「下車駅でなるべく早く降りたいのでドアの近くにいたい」だと思いますが? >のほうが的を射ていると思う。まず川西さんのキャラクターが特殊だ。この写真の女性にすごまれたら、たいてい黙るであろう。また海外経験があり、外資系の社員は、もう常識が外人になっている。この人の言い分も、ほぼ外人が日本の満員電車に乗ったときの感想に近いのではないか。小生は田舎に住んでいるので、できるだけ東京出張のときはラッシュアワーの時に電車を利用せず、時間をずらすようにしている。けっこう平日の昼でも込んでいることが多いと思う。東京の人が見れば、空いているほうなのかもしれないが。なぜそうするかといえば、ラッシュアワー以外でも、乗ってくる人に押されて、中に入ってしまい、普段乗らない東京の電車なので、降りる駅がいつ来るかよくわからない。急に降りないといけなくなって、あわてたが混雑のために降りられなかったことが、数度ある。また、人を押しのけて、すり抜けてなんとか降りられたこともあるが、人を押しのけて降りるのは、田舎者としては心苦しい。でも、そういっていては降りられない。だからドアの近くに留まって、降りそこなわない様にしているのである。それでも、予想と反対のドアが開いて、しょうがなく人を押しのけて降りることも多い。川西氏はそういう田舎者の心情をまったく慮ることができないと断言しよう。小生の結論としては、今の人が気がきかないのではなく、東京の電車が異常に混雑し、それをJRなどが放置し、またその異常な混雑を当たり前だと思い込んでいる東京人が非常識なのだ。(2014/01/24)

50代男性です。 今から30年以上前、電車を降りようとした時、乗ろうとしている客の一人が真正面に立っていました。 若かった私は、思わず「邪魔や」と声を出しながら降りました。それを聞いた相手は、怒って私の胸ぐらをつかみ、電車に引っ張り込みました。一駅間ぐらい言い合いをしました。 気の利かない人は、今も昔もいます。(この場合、両者ですが) 私も扉付近に立ち止まることが多いですが、一番の理由は、2~3駅で降りるのに、奥に入ってしまうと、降りるときに「すいません、降ります」と言って通り道を開けてもらったり、わざわざいったん車外に出てもらったりと、多くの人に迷惑をかけるからという、気遣いのつもりでした。 もう一つ、超満員の時、電車が途中で止まり、息苦しくパニックになりそうになったことが過去にあり、なるべく、扉(の窓)に面して立っていたいという、気持ちもあります。 気が利く利かないとは関係ない理由もあると思います。(2014/01/24)

こんなに「気を利かせない」人が多いんじゃ、ストレスも溜まるわなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww(2014/01/24)

このコメント欄の惨状が記事の内容の立派な証左ですね。(2014/01/24)

上野駅利用者です。基本的には同意できますが、実はもっと自己中心な理由ですよ。意地でも入り口近くに立っていた方が、降りる駅から乗り換えるホームまで速攻でダッシュ出来るからです。満員なのに極力体をひねって隙間を作り、スマホに夢中になる奴や、痴漢防止と称して腕組みをして肘をぐりぐり押しつけてくる卑劣な女と同レベル。とにかく自分のわがままを通す為には周りのいかなる犠牲もいとわない確信犯です。(2014/01/24)

皆な指摘してるけど、ドアの近くに立つのは、単にすぐ降りられるからでしょ?気が利かないから、というのはある程度はいるかもしれないけど、前者に比べれば遥かに少数派だと思うけど。こじつけすぎる。こじつけを基に全文が構成されているから説得力ゼロ。永遠にゼロ。 気が利かない人について語りたければ、例えば宴会とかでボーっとしてお酌とか何にもしない人なんかを題材にした方がわかり易いんじゃない? 久しぶりにひどい記事でしたね。 (2014/01/24)

こういう分析ってわざと極端に書いていると思うので(例外をいちいち入れていたら分析にならないし)、中身が当たっているかどうかはともかく、それなりにクスッとさせてもらいました。でも真に受けて否定しまくるコメントが多いのにも笑わせてもらいました。やっぱり気が利かない人が多いですよね。(2014/01/24)

コメント欄を眺めていると、まあなんとも読解力がない人が多いものかと思ってしまいました。 3パターンに分類する前に、対象者を慎重に限定していることに気づかないで感情的な反発コメントを書いている人が多過ぎですね。 まあそれだけラッシュ時の電車の話となると、感情的になる人が多いということでしょう。(2014/01/24)

多くのコメントの中で、80歳のお父様のエピソードの紹介が一番腑に落ちた。都会の電車の中でトラブルを起こすことなく、自分の意を実現するには、声には出ない様々な意図や意地を汲まないと先に進めない。(2014/01/24)

インタビュアーの極論誘導はなんか可笑しかった。中の人が降りる際のドア付近立ち止まりは、確かに気が利かない。しかし、外の人が乗る際に中へ進まないのは、そうとも断言できない。他の方が指摘しているように、自己防衛だったり過剰すし詰め回避のスキルとも言える。つまり、乗車して中へ進むのは自分より後に乗る人への気配りと言えるし、進まないのは混み過ぎない為の配慮とも考えられる。▲自分は世界有数の混雑区間である銀座線の新橋-虎ノ門区間を利用しているが、積極的に中へ進んでいる。でないと、小さな新橋駅ホームに人が溢れて大変危険なことになる。中の人の快適性の気配りより、トータルの安全性と効率を意識して行動している。異常な混雑とはいえ、一駅過ぎれば解消する。中の人の快適性や防衛本能より自分は乗客数重視に協力する。そして東京メトロのアナウンスは「少しでも中へお詰めください」「駆け込み乗車をせず次の電車にご乗車ください」と矛盾するアナウンスを使い分けて、乗客状況をコントロールしている。それらのアナウンスは無視しないようにしている。21世紀の東京において明らかにキャパシティ不足の銀座線に問題はあるが、自分が乗客としてできることは中へ進むことだけである。たとえ中の人に頭を叩かれても(実際叩かれた)、これは実行せざるを得ない。180センチ80キロの男である自分が大変に感じているから、女性や子供、お年寄り等はもっと大変だと思う。もちろん周りにその人達がいれば、その人の安全確保優先で自分はコントロールする。(2014/01/24)

この内容では「筆者の偏見」コメントが多くなるのもうなずけます。何一つ調べもせず、根拠の数も出ずでは誰も納得しませんよ。そんなことなら誰にだって言える。例えて言うなら「数値の根拠がない記事は大抵がウソ」とかねw(2014/01/24)

インタビュアーの極論誘導はなんか可笑しかった。中の人が降りる際のドア付近立ち止まりは、確かに気が利かない。しかし、外の人が乗る際に中へ進まないのは、そうとも断言できない。他の方が指摘しているように、自己防衛だったり過剰すし詰め回避のスキルとも言える。つまり、乗車して中へ進むのは自分より後に乗る人への気配りと言えるし、進まないのは混み過ぎない為の配慮とも考えられる。▲自分は世界有数の混雑区間である銀座線の新橋-虎ノ門区間を利用しているが、積極的に中へ進んでいる。でないと、小さな新橋駅ホームに人が溢れて大変危険なことになる。中の人の快適性の気配りより、トータルの安全性と効率を意識して行動している。異常な混雑とはいえ、一駅過ぎれば解消する。中の人の快適性や防衛本能より自分は乗客数重視に協力する。そして東京メトロのアナウンスは「少しでも中へお詰めください」「駆け込み乗車をせず次の電車にご乗車ください」と矛盾するアナウンスを使い分けて、乗客状況をコントロールしている。それらのアナウンスは無視しないようにしている。21世紀の東京において明らかにキャパシティ不足の銀座線に問題はあるが、自分が乗客としてできることは中へ進むことだけである。たとえ中の人に頭を叩かれても(実際叩かれた)、これは実行せざるを得ない。180センチ80キロの男である自分が大変に感じているから、女性や子供、お年寄り等はもっと大変だと思う。もちろん周りにその人達がいれば、その人の安全確保優先で自分はコントロールする。(2014/01/24)

丸ノ内線で似たような場面に遭遇したことがありますが、その時の印象は、「上から目線」で言葉上の配慮をはるかに上回って、言い方に現れる相手への配慮のなさが気になって仕方ありませんでした。 筆者がそのような言葉尻だけの気遣いしかしないような人でないことを切に祈ります。 個人的には、「すいません、奥に詰めてください」あるいは「すみません、奥に入れさせてください」で十分だと思いますけどね。ただし、丁重にいうことです。指示口調ではなくですね。 このコメントはどうせ公開されないのでしょうが、筆者の目に届くようにしてほしいものです。(2014/01/24)

否定的なコメントが多いですが、ほとんど気が利かない人のように感じます。自分だけでなく、全体がスムーズにいくという視点を持てるかどうかだと思います。私は、転職して通勤電車から車通勤に変わりましたが、車の運転も注意すべきことがたくさんあります。要は、全体の流れと自分の周辺の動きをよくみてどう対処するかという点では、同じだと思います。何かあった時の被害が大きいのでより慎重にならないといけませんが。(2014/01/24)

わがままな思考停止したお二人の戯言にしか聞こえません。多分、ご自身が嫌われている事に気がつかないタイプなのでしょうね。残念な方達です。(2014/01/24)

「気を利かす」必要は無いと思う。 奥に入ると、吊革も手摺も無い状態だから、バランスを崩しやすい上に、周りと密着しているから誰かがバランスを崩すとそれに巻き込まれてしまう。 自分の居場所を確保しようと体を無駄に揺する阿呆も多い。 体の小さい女性なら、周りを囲まれて痴漢される怖さだってある。 挙句には、「降ります」って言っても、完全無視のおっさんと若者は多い。 誰だって、降りそびれて遅刻したくないから、ある程度は仕方ないですね。 私自身ははガタイの良い方なので、それなりに地上へのベクトルが強いから多少揺れ様が、阿呆が体揺らそうがビクともしませんし、出る時もどく素振りさえ見せない奴は押し出して前進出来ます。 が、それが出来ない人は多いでしょう? 実際、満員電車でドア付近に溜まろうとする人は小柄な人だったり気が弱そうな人も多いです。 そもそも、「気が利かす」という行為は無償の善意ですよね。 それを大っぴらに要求する行為はさもしいと思いますけどね。 自分で実践して、他人に求めないもんじゃないの? こういうの。(2014/01/24)

心理学的な根拠というよりは筆者の偏見という印象を強く持った。マナーや倫理の話題は良く昔は良かった、地域社会のコミュニティーの崩壊、家庭教育という定番の題材で話が進められるが、高齢者のマナーの悪さを考えると説明がつかない。 文中に挙げられている古き良き地域社会コミュニティーによって育てられたのは彼らではないのか?その結果がこのマナーの悪さでは、古き良き時代というのは懐古的な印象でしかないのではないか。数少ない心理学的な話題と思われるパーソナルスペースの話題にしても撤退するよりは騒ぎが大きくなるシーンを見る方が圧倒的に多い気がする。筆者は毅然な態度として語っているが厄介な人がもう一人増えたという印象を受けるのは気のせいか。(2014/01/24)

私は女性で、なるべくなら奥に行かずにドア付近の空間にいたいです。なぜならドア付近のほうが『混んでいる』からです。ぎゅうぎゅうに混んでいるほうが、人を押してしまったりされてしまったりしても『そうなるのは仕方がない』と思える分心理的負担が少ないからです。奥のほうが空いているのはわかるのですが、つり革は私の身長では掴んだとたんにバランスが取りにくく踏ん張りがきかなくなりますし、つかめるつり革がないことも多い。ドア付近ほど混雑していないので人にぶつかるのも悪いな…と感じ、気力も体力も使うので疲れます。しかも、座席が空いても座れる確立は低い。以上が予測できてしまうので、出入り口付近で最初から『こんなに混んでいるのだから諸々の不便もお互い様、しょうがない』と割り切って過ごすほうが楽です。(2014/01/24)

一意見として納得できる箇所もあるが、3パターンだけに限定したり、体育系・文科系の育ち方とかで現象を分析するのもこの人独自の主観に基づいている。何か引っかかってしまうのは、この人が正義漢ぶって物言いしていることにあると思う。(2014/01/24)

記事には一理ありますが、社会にはもっと多種多様な考えや心理をもっている人がいるということに対する創造力が圧倒的に欠如しています。 中に入らない理由をインターネットでアンケートでもとって分析してから分類した方がいいと思います。 私は、座っている方に、下から鼻孔の中をのぞかれるのが嫌で、中には入りません。 友人は、ミニスカートやショートパンツで見えてしまう絶対領域をジロジロ見られるのが嫌で中には入らないといいます。 閉所が苦手な人は火災などの事故時の非難のことを考えて入口の近くに立っています。特に地下鉄では。 この記事の書き手さんの方がよほど気が利かないと思う人はたくさんいます。みんなわかっています。(2014/01/24)

 30年来、都心部で電車を利用しています。 最近とみに車内の中心部が空いていると感じていたので、興味深く拝読しました。 たしかに中の方に入ってしまうと、途中駅で降りるのが大変な場合もありますので、一概に「気が利かない」だけではないような気もします。 個人的には人に場所を譲るという精神的な余裕を持った人が少なくなったからではないか、と考えています。  少々話題が逸れますが、第2のタイプで挙げられた「ビジュアルフィールドが狭い人」とは、「視野が狭い」ということでしょうか? 日本語なら少ない文字数で親しみ深い表現できるのに、カタカナ言葉のまま表現している気の利かなさにも気づいていただければ幸いです。(2014/01/24)

多くの人が降りる駅でも、ホームでドアのまん前に立って降りる邪魔になったり、ひどい人は降りようとする人に逆らって乗り込んでこようとする人までいますしね。 自分さえ良ければいいって人が増えているんだと思います。(2014/01/24)

入口に陣取る人は座席が埋まっているので次に楽な場所にいる。それだけである。 こだわっているのは座席を取った人と同じ。そこを占拠できたのだから、なるべく動きたくないというだけ。 東京都内や近隣から通っていただけの方の偏った意見。対象読者のブルジョワジーが読んで悦に浸りたい記事。 入り口近くはポールがあり、それに捕まりたい人も入り口周辺にたかる。電車の奥とは相対的に入口付近は安定した物質が多いという事。 都内から遠く離れた駅から乗る人は電車の奥まで行ったら地獄。1時間~2時間立ちっぱなしだとつらい。20分くらい、あるいはそれ以内で通っているであろう、記事の登場人物にはこの問題はわからないのである。それか毎日通っていない。 コメントとしては「見る範囲が狭く気が利かない」と返すべきか。一種のネタふりなのでは。(2014/01/23)

車掌のアナウンスなどBGMのようなもので、聞き流す人も多いと思います。駅に着いて降りようとしたらドアの真ん前に立っている人たちを見てうんざりすることはしょっちゅうです。いい大人が「降りる人を先にお通しください」と言われても守れないとは情けない。それよりもここ数年気になるのは、スーツ姿の男性が肩から下げている大きな四角いバッグです。あれはちょっと揺れただけでもぶつかると非常に痛いのです。ぶらぶらさせたまま、体の向きを変えたりするとさらに勢いが付いてしまいますので、なんとかしてほしいといつも思います。(2014/01/23)

分析としてもしかしたら正しいのかもしれませんが、根拠の確からしさの説明が不足しているため、読む人に「正しさ」が伝わってきません。読む側からすれば「根拠の無い単なる仮説」といった印象です。私の説も同様に根拠なしですが、私は「同じ車両に乗っている人を“身内”と認識しているか否か」が原因だろうと感じています。電車内の化粧などと同類ではないでしょうか。人は人口密度が低いと他者との関係を大切にしますが、密度が高くなるほど“他者の存在を無視する”度合いが上がります。ネットの向こうの人とやり取りする時間が増えたことも、“目の前の人を無視する”要因でしょう。そうした要因から、同じ車両に乗っている人を“人(=心理的な交流の対象)”として認識するよりも“物体(=相手の心への配慮が不要)”として認識してしまっているのではないかと感じています。(2014/01/23)

後2,3駅で降りる、友人がドア付近に座っている、既に網棚に荷物を置いて居る、ドアに貼ってある広告を読んでいる、路線図(通常ドアの上部にある)を見ている…ドア付近に留まる理由も山ほどあります。自分の勝手な思い込みで他人を迷惑呼ばわりするのは良くないなぁ。奥に行きたいなら、自分が行けばよいだけ。その際、混雑しているなら一言「通ります」と声をかけて、それでも人を通すそぶりが全く無ければ、それはちょっと迷惑な人かもしれません。そして、声もかけずに、人を押しのけて奥に行くなら、あなたはちょっと迷惑な人かもしれませんね。(2014/01/23)

「参考にならなかった」「どちらでもよい」が多数派な訳ですね。まだ日本も捨てたものじゃないかも。 >副編さま(2014/01/23)

毎日通勤のために電車に乗っていた頃、ふとそれに気がついて中程の方へ移動するようになりました。本が読めるようになってとても快適でした。自分が降車していた駅は大量に乗り降りする人がいる駅でしたので降りられないということはまずありませんでしたし。揺れたときに危ないという方がいらっしゃいますが、それはドア周辺のスペースも同じです。というか、中程なら吊革なり吊革のついているバーなりをつかめるのにドア周辺ではそれもままならないです。あとドアの両脇が犯罪多発空間であることは警察でも把握しています。 (2014/01/23)

東京の話は東京だけでやってください。東京は日本の縮図じゃありません。(2014/01/23)

あまり中には入らないようにしています。降りられなくなるので。「降ります!」と声を上げ、周囲の人が懸命に身体を寄せて通る隙間を空けてくださいますが、「なんで奥に入ったの?」という視線も感じます。こういう経験をしたことが無い方は幸福だと思います。(2014/01/23)

気が利かない人が多いからという理由にしてますが、そのような人も確かにいるだろうが、それだけではないですよね。特に朝の通勤電車の場合、中ほどに進むことによるデメリットがあることを多くの人が知っているから敢えてドア付近にいるんですよ。論点というか分析がズレまくっています。 いいですか、混んでいるのは電車の中だけではないです。朝は皆が一刻を争っているのに電車下りてから、階段やエスカレーター、改札もずっと混んだ状態なんですよ。出足が遅れれば、それだけ自分の到着も遅れるんですよ。じゃ、朝早く起きれば良いなんて当たり前だが、それはまた別の話です。 正直言ってピントのズレた記事でした。(2014/01/23)

自分に直ぐ降りたいという意識があると、奥に押し込まれることに恐怖感をかんじることもある。これも要素として考慮したほうが良い。(2014/01/23)

うちの父(今年80歳になるが見た目はもう少し若い)が、満員のバスの中で、目の前の「優先席」が空いたのですが全く座ろうとしませんでした。「お父さんが座ることで立ってる人のエリアが一人分空くんだよ」と言って座らせました。 これは「自分は優先席に座るほど高齢でも体が弱くもない!」という意地と「周りが見えていない」の合わせ技、というか、意地があるから周りが見えなくなっていたのでしょう。 意地の種類は違っても、こういうさまざまな「意地」で、人々は公共の乗り物の中で「ここ」と決めた場所から一歩も動かないのではないかと感じることが多いです。入り口に仁王立ちしている人などとにかく「意地でも動かない!」っていうことだけはよーく伝わってきます。(2014/01/23)

最低限のパーソナルスペースを確保することもままならない異常な状態である首都圏の通勤電車を例に挙げて気配りやら心理学やら語られてもねえ、というのが正直な感想です。丸の内線は私も利用していますので実態は理解していますが、中に詰めない原因としては、・駅間距離が短いため直ぐに降りることになるため ・乗継ぎによる乗降客の多い駅が他路線に比べはっきりしていないので目的駅で降りられないリスクを避けるため 等が特有の原因としてあるかもしれません。 個人的な心理としては、扉付近で自分が詰めると空いたスペースめがけて乗客が殺到するので、窒息を避ける為なるべく詰めたくないのです。もう気配りよりも自己保存を優先せざるを得ない異常な空間ですよ。(2014/01/23)

電車よりバスの方がひどいですよ。 私が利用している路線では大学生と一緒になるのですが、後部席付近はスカスカに空いている状況で、運転手が「もう一歩奥にお詰めください」と何度も呼びかけているのに微動だにしない学生ばかりです。偏差値との因果関係があるのでは?と疑ってしまいます。(2014/01/23)

「中ほどに進むと降りられなくなるから」などとドア付近に立つのは合理的で当然との主張が散見されますね。百歩譲ってその判断・行動を是としても、「目的駅の手前の駅では入り口付近の自分は一旦降車して、降りる乗客のためにスペースを空ける」ことをしない行動は、全く認められないマナー違反だと思う。(2014/01/23)

先ず記事を読んで、なるほどね。気が利かない人が増えている!そうでしたか、と。次にコメント読んで、アララ、そういう意見ですか!厳しいですね、と。でも大変参考になったテーマでした。(車通勤30年の田舎者)(2014/01/23)

身長が低く、手足も短い女です。昔はアナウンス通りに真ん中へ詰めていましたが、小柄なせいか人に阻まれて降車駅で降りられなかったり、つり革が高くて持っていても不安定になったり、もちろん高い網棚も使えなくて手が空かなくて急ブレーキで座席に倒れこんだりと周りに迷惑をかけるので、今は入口付近に陣取っています。網棚に鞄をのせ、程よい位置にあるつり革に捕まっているサラリーマンを見ると、電車はこういう人たちを基準に作られているのだなあと思います。最近は遠くても女性専用車両を使うようにもしています。(2014/01/23)

大人になると忘れてしまうことがあります。 動物や純粋な子供は、自発的なことを除き、 閉じた空間に押し込められることが嫌いです。 出入口付近に居ようとするのは本能的なことです。 昔は通勤列車、路線バスは窓が大きく開閉でき、 車内に居ても解放感を得ることができました。 子供の頃は、窓の開かない特急列車や自由に移動できない観光バスが嫌いでした。 酔って吐いてしまうのも気分的な問題が大きいです。 現代の車両は空調管理とコストダウンのせいで 通勤列車といえどもほとんど窓が開きません。 窓の数も減り、赤外線吸収がラスからは外の景色も良く見えません。 車両を開発している人たち 鉄道を批判している人たち 人間の本能にかかわる基本的なことを忘れてしまっています。 窓を開け、春秋には外の空気を楽しめる、昔ながらの 車両を開発しましょう。(2014/01/23)

乗車に慣れた人は忘れてしまった感覚だと思うが、奥に詰めるとほぼ確実に至近距離で赤の他人と対面することになる。これは心理的に圧迫感がある。列車乗車初心者はこれを回避するように入口付近を好む。入口付近にいれば壁か、誰かが前にいたとしてもたいていは背中に向かうだけで済むからだ。また、乗降時でも誰かとすれ違うだけなので心理的な抵抗は比較的少ない。これが乗車の経験を積んでいくと話は変わる。見知らぬ人間と肩を寄せ合うことに慣れてくるからだ。こうなると、乗降時の混雑が煩わしいと感じるようになり、逆に奥の方が混乱を避けられて得だと感じるようになる。 記事の冒頭で「心理学のスペシャリスト」とあったのでこういった類の様々な解釈が説明されると期待したが、残念だった。(2014/01/23)

 中程があいている理由は、つかまるところが全くないからでしょう。丸ノ内線は天井が低いからまだマシですが、ほとんどの路線で、つり革も高めに設置されていたり、全くない場合もあります。  身長が高めな私の場合は、まだどっかしらつかめるのですが、最悪の場合、蛍光灯つかんで外してしまったことがあります。はっきりいって定員オーバーしている時点で、気を遣うなら乗るなということです。  背が低い方は、人と人のあいだに埋もれる、揉まれる、発射時、停車時に自分ではどうしようもない力がかかり怪我することもあります。トビラがと席ゾーンに囲まれた部分は、比較的動いたり圧力がかかりにくいので安定するからたまるのです。  この対談で、どうしたいのですか?気を遣うのなら、定員を超えている分(着席分とつり革つかんでいる人以外すべてです)の乗客すべておろしましょう。そこまでやってください。(2014/01/23)

コップ酒「紳士」や散歩犬の糞害に注意を与えるところまでは、まだ勇気がありませんが、勤め人時代は、率先して車両の真ん中に「詰め入り」を実行しておりました。改めて強い同志を知った思いです。もっとも私は男故、痴漢冤罪を被らぬよう神経を使う手間は要りました。鞄を両手で頭上に持ち上げ、「すみません、入ります」と声を掛けながら「進入」しました。しかし、フォロワーは殆どいませんでしたねえ。通勤していたのは大阪市内でしたから(笑)(2014/01/23)

単純に乗り換えに余裕が無いから奥に行って降りるのが遅れて遅刻するのが怖いだけだと思いますけど? 時間に追われてる人達にとってはすぐ降りれるドア付近の取り合いはまさに戦場です(2014/01/23)

電車で中ほどまで進まない理由は、記事中に書かれた理由もあるでしょうが、最大のものは「下車駅でなるべく早く降りたいのでドアの近くにいたい」だと思いますが? 少なくとも私は積極的にそうしています。そして最もドアに近い場所を『確保』するために、各停車駅でいちいちいったん下車して再乗車していますよ。同様あるいは似たような行動をとる人は結構います。 それと、乗った人にとっては「もうこれ以上の人は乗って欲しくない」ので、後続の人の乗車を少しでも妨げるような行動を(意識してか、無意識のうちにかはともかく)とると思われます。これは私が電車通学を始めた昭和39年から同じだったですよ。なお当時は今よりももっと電車が混んでいました。 もちろん記事のような「気が利かない」人もいるでしょうが、どちらか言えば少数派ではないでしょうかね。このような面での考察が欠落しているのは残念ですね。 (2014/01/23)

ドアの近くに立つのは降りやすいからです。奥に入ってしまい、終点前に途中下車する場合、寛容な乗客ばかりでなく、大声で「降りマース/降ろして下さい」と怒鳴らないと通路をあけてくれない乗客がいるからです。好き好んで混雑したドア付近にいるわけではありません。(2014/01/23)

電車の座席とドア部には仕切りがあります。 よって、ドア脇は2方が人でなく壁状態になります。 一方、中ほどでは周りすべてが人になります。 どちらが安全でしょうか? 例えば、スリや痴漢などに関して。 そう、前者の方が絶対に安全です。 他者との接点を減らして、自己の防衛図る意味でも効果があるでしょう。(2014/01/23)

「奥が空いているのだから、奥に行けばいいのに」と感じることは度々あります。席が空くこともあるのに、とメリット期待できますし。一つの見解を読ませて頂けました。正解かどうか、よりも、原因の仮説を見たことで、明日からの通勤で気持ちが安らかになりそうです。感謝。(2014/01/23)

気が付かない人、気が付けない人 と 盛んに口にしていますが、このコラムほど人に気遣いをしていないということを 聞き手も解答者も気がついていない。 こういう人いるんだよね。人の迷惑顧みず、やみくもに人を押しのけてぐんぐん車内を移動する輩。その度ごとに こちらは吊り革を摑み直し、重い荷物を持ち直し、体制を整えなおさなければならない。「周囲を把握・認知する能力」がかけているのは他ならぬ「あなた」だってこと知るべきです。あなたの迷惑というより独り善がりを私たちは「ごめんなさい」「助かりました」の一言で帳消しにはできないということに気付いてください。(2014/01/23)

「中ほどまで詰めて」の件は、朝ならまだマシで、帰りのPM5:00以降だと格段に機能しなくなる。朝は3列で立っているのに、夕方以降は2列しか使わなくなるので、入り口付近だけ混む。この場合では、私も中に入っていく。 また、毎朝、千代田線の乗車時では、「座席に一人でも多くの人が座れるように譲り合ってお掛けください」とアナウンスしているが、意味がない。7人枠と決まっている座席なら7人で固定だし、枠がない座席では、99%の確率で6人か7人に収まる。そんなどうでもいいアナウンスより、座席に座った方に、足の悪くない方は靴のかかとをあと5?とか7?引いてくれるような誘導をしてほしい。これだけで随分スペースができると思うので、混み具合が違ってくる。(2014/01/23)

ドア付近で、降りる乗客たちに睨まれようがぶつかろうが舌打ちされようが、意地でも動かない人がいます。自分が「邪魔だ」とわかるだろうに。これは気がきかないとかビジュアルフィールドの問題ではないですよね。なぜあそこで意地張るのか…自分だって快適ではないだろうに。電車つながりで、ドアが開くと、並んでる人たちを無視してドアめがけて「横入り」する人も最近目立つ気がします。「並んでますよ」と言っても全く無視。これもわからん…(2014/01/23)

確かに多いです。満員電車で、奥が比較的スペースに余裕があるのに、ドアの上で、しかもドア枠に手を添えて「もうこれ以上入れなんです」風を装って立っている醜い女性たち・・・。よほど体重に自信があるんでしょうね。ふつうは人の出入りで自然に動きに流れがあるものですが、その人たちは絶対動きません。“ドア付近じゃないとダメ”強迫観念症なのでは?せめて、ドアに固執してない人が奥に行けるように通してあげて。(2014/01/23)

ドアの近くに立つのは、降りやすいから、これ以上入って来て欲しくないから、ではないでしょうか?詰めれば詰めるほど詰め込まれるのだから、私にとっては自己防衛です。(2014/01/23)

座って通勤出来る場所に住まいを構えるか、自家用車か徒歩で出勤するか、だと思います。 立つのは苦手なので。(2014/01/23)

他人に対して気を使う日本社会だが、その伝統は徐々に弱まっている。 自分も街中でゴミを捨てたり、路上禁煙地区ですったりする人に一言言える人間だ。 自分が間違っていないと自信があればそれはできる。 早朝、電車のシートで寝てるおっさんを起こしてその横に座ったこともある。 しかし、気を使う日本社会では、同じ気質から人に注意できる人も少ないであろうことは容易に想像できる。 なぜなら、学校や家庭では、人に迷惑にならないようにしましょうとは教えるが、迷惑な人を注意しましょうとは教えないからだ。 関係ないが、ここ数年で重度のアスペルガー2人と付き合ったことがあるが、上司・部下程度の付き合いだと矯正なんて不可能。 普段の10倍こちらが気を使って、適所配置と適した課題を与えるしかない。 (2014/01/23)

全体的に根拠希薄な印象です。因みに、私の場合完全に使い分けています。 奥に行くのは;比較的長い時間乗る時、だってその方がすいてるし、ひょっとしたらすわれるから 手前で踏ん張るのは;比較的すぐ降りるとき、だってすぐ降りるのに奥に入ったり、奥の方から人をかき分け出口へ向かうのは面倒だし迷惑じゃない と言う事で、ここで挙げてる3つのパターン自体賛成できませんでした (2014/01/23)

一つの見方、考え方でしょう。 ドアの脇に立ち、もたれるようにすることは悪くない、とする意見もあるわけだし、ロールモデルとなった成功例もあるだろうけど、失敗れもあるでしょう。 その際の周囲の空気はどうなんでしょう。 自分の価値観を前提にして、その場を再構築しようとすることは必ずしもバランス的に優れているとは思えません。(2014/01/23)

『中ほどまで進まない人は…(1)気が利かない、(2)周辺境情報が十分に把握できない、(3)周囲に働きかけて“奥に進む技術”がない』と言われてるけど、どうかなぁ?『気が無い、だけ』だと思うけど。気のきかない人も“それ”が自分にとって必要なところでは『出来る人』では?と感じている。知人に囲まれた状況では化粧直しはしないけど、電車の中では平然とスッピンから始められる女性や、数人の友人と一緒にドア付近で我がモノ顔の少年が一人になった途端、奧に移動したり…。電車のドア付近に仁王立ちしている皆さん、状況に応じて『自分勝手』になっているだけ。それは男女どの世代でも見受けられるから『育った時代も育てられ方も関係ない、別の要因だ』と都心の電車に30年乗り続けて感じている。(2014/01/23)

全然実感と違う。実感では、気が利かず周囲の迷惑を顧みない人は45~60歳ぐらいの人に多く、若い人ほど礼儀正しく気が利く人が多い。 「気の利かない人が増えた」「昔はそれができていたんです。」というのは、何を根拠にそう述べられているのでしょうか?(2014/01/23)

一般車両駐車禁止の駅のバスターミナルに、通勤時間帯にも平気で駐車して家族を送迎する車両、交通量の多い道路で、対向車線側の店舗に入ろうとする車両。小生のみるところ、T社の車両が圧倒的です。マーケティングなどおおいに因果関係があると思います。このようなところにも目を向けないと。(2014/01/23)

気がきかない人が増えたということをおっしゃっていますが、ひと昔前は、満員電車では中ほどまで進んでいたということですか? 満員電車の乗り降りの状況は、10年、20年まえからあまり変わっていないのではないでしょうか。 入り口付近に立ち止まりたいのか、中まで入りたいのかは、個人の価値観も影響すると思います。満員電車なので乗降の際に外に出て外の空気を吸いたいと思っている人がいたり、夏であれば入り口付近のほうがたとえ満員でもエアコンの風が扇風機のようにあたって涼しいとか、中のほうにいると自分が降りたい駅で降りられるか心配で入り口付近にとどまっているとか、中途半端に中ほどまで行くと座っている人側に倒れないように踏ん張らなくてはいけなくなるから入り口付近のほうが混雑していても楽だとか、色々な思いの人がいると思います。 最新の電車は、扉の数が増えているものもあり、そういった車両であれば、ご指摘の状況はかなり軽減されていると思いますよ。 気が利かない人が増えたことは同感しますが、満員電車で中ほどまで進まないことと結びつけるのは展開に無理があります。(2014/01/23)

気が利かない人が多いからという理由にしてますが、そのような人も確かにいるだろうが、それだけではないですよね。特に朝の通勤電車の場合、中ほどに進むことによるデメリットがあることを多くの人が知っているから敢えてドア付近にいるんですよ。論点というか分析がズレまくっています。 いいですか、混んでいるのは電車の中だけではないです。朝は皆が一刻を争っているのに電車下りてから、階段やエスカレーター、改札もずっと混んだ状態なんですよ。出足が遅れれば、それだけ自分の到着も遅れるんですよ。じゃ、朝早く起きれば良いなんて当たり前だが、それはまた別の話です。 正直言ってピントのズレた記事でした。(2014/01/23)

子どもを成長させるには“ラグビー”もお薦めです。タグ・ラグビーやタッチ・ラグビーという、低学年も安全に遊べるバリエーションあり。男女とも7人制はオリンピック正式種目、2019年はラグビーW杯日本開催です。それらの代表を目指せる時代だし。(2014/01/23)

電車のドア付近だけでなく、近頃は道を歩いていてもすれ違う際に道を譲らぬ我が物顔の輩が目に付くようになった。しかし、その原因は古くはウォークマン、最近はケータイ、ゲーム、スマホの普及ではなかろうか。今や公共の場にあってもイヤホンとディスプレイで自分の世界を作り上げることが可能だ。そうなれば他人への気遣いは無用、自分の家で気ままに振る舞うのと同じだ。それに慣れればどこでも当たり前と錯覚してしまう。近ごろ駅では「スマホを使用しながらの歩行はお止めください」とのアナウンスを耳にするが、一向に減る気配がない。ホームから落ちて命を失わないとその愚行に気が付かないものらしい。(2014/01/23)

近頃はガキや学生だけでなく、いい歳したオッサン、オバハンにもこの手合いが多くて辟易する。 20年前には、東京の地下鉄や電車でもああいったバカはまず見かけなかったのだが。(2014/01/23)

車両で真ん中に行かないのは、ほとんどの人は危ないからというのが一番の理由だろう。満員電車で急停車や急発進があれば周囲の人が皆、寄りかかってくるのでその重さを支えきれずに倒れるリスクがある。実際に倒れて捻挫をしている人を何度も見ていれば、車両の入口付近のような寄りかかられるリスクも低く自分も周囲の人以外の寄りかかられる場所があるところに行くのは自然である。危険性の高い満員電車という問題を解決する方向でなく「気が利かない」といった乗る人のマナーの問題に話を矮小化するのは危険な議論だ。(2014/01/23)

まだ東京だからいいですが、大阪では扉の前で仁王立ちして乗降客が酷く渋滞してもまったく微動だにしないという人が殆どです。声をかけても荷物があたって結局押すことになってもまったく微動だにしません。邪魔になっても降りたりしないのです。体格のよい男性が大きなリュックを背負い、両手に荷物を持って仁王立ちしていたら全く出入りできませんが、 絶対うごきません。これははっきり行って悪意ある行動で、この対談の 趣旨とは相当違う人種が多いということがいえるように思うのですが、ぜひフィールドワークをお願いしたく思います。 (2014/01/23)

何をおっしゃりたいのか、さっぱり伝わってきません。(2014/01/23)

この手の「~な人が増えた」という話は暗黙裡にせいぜい40歳ぐらいまでのそれなりに若い世代のことを想定していますが、お年寄りの「気の利かなさ」も相当なものです。記事中で例にあがっている電車でのふるまいをとってみても、ホームで並んで順番に乗車しようとするお年寄りなんてほとんど見かけませんし、社内で大声で電話しているのも9割がたお年寄りです。いかにも行儀の悪そうなみなりをした若い人たちの方がよほどまともなふるまいを見せます。本文中で「間違いなく増えています」と言い切っていますが、昔より増えている=若い世代は年寄世代より気が利かないという根拠が知りたいです。(2014/01/23)

どうして『今の日本で「気が利かない人」が増えているのは間違いない』と断言できるのか根拠が不明。 主観になるが、首都圏で20年弱通勤していてもあまり変化ないという実感がある。 また、論拠も心理学を本現象に当てはめているだけなので、論拠が弱い。また、川西さんの確証バイアスも感じる。十分な量のアンケートでもあればまた印象も異なっただろうが…。 総じて、言いたいことを言うために心理学のパーツを持ってきているという印象を受けた。論拠も弱いので、あまり参考にならない記事だった。(2014/01/23)

乗降口の邪魔者門番は、悪気がないと思います。逆に席を他の人にという気持ちでは? 問題は、電車の座席設計。乗降口の両脇は、立ちたい人がいるということで30センチほどスペースを作れば、乗り降りに支障が出なくなると思います。席を一人分削ることで、みなさんのイライラが解消します。出来るだけ席を増やしたいというのは、電車に乗らない人の発想です。(2014/01/23)

ご指摘の通りですね。小職もドアのサイドに立つ事もあります。何となく中へ入りにくい雰囲気を感じる時とか高齢なので 中へ入ると席を要求する様な気がしてなどです。 外出時にはこの記事を思い出し行動します。(2014/01/23)

大変いいことだが相手を見てやった方がいい。危険な人物はいる。何か防禦の道具を持っていてやられないと確信できる場合でないと危ない。私は目下アキレス腱断裂の術後で杖を携帯しているが優先席を空けてくれる人は少ない。譲ってくれるのは大抵老人でこちらが恐縮する。一番危険なのは電話を見ながら歩く人。杖を横に抱えて動かしながら歩くのが一番いい方法。他人を思いやることの少ない世間になってしまった。近隣の某国よりはマシだが。(2014/01/23)

 「体育会系」の人々が「気を利かせる」のは、あくまで「身内」に限ったものではないでしょうか。  スポーツ関係で頻発する不祥事の多くが、外部に対しては、むしろ逆行動をすることを証明しているように見えます。(2014/01/23)

昔、学生時代にお昼時の学食で、食券を購入してトレイを持って列に並んでいる間に荷物をテーブルの席に置いて場所取りをしている学生が沢山いたことを思い出しました。 そんな事をすれば、実質的な食堂の席数が何割か減ってしまう事に最高学府の学生が気づかない、という事実にうんざりしていました。 電車で中ほどまで進まない人は、もみくちゃにされても、降りたいときに降りることができない可能性が高い中ほどに進みたくない、という自己中心的行動に思えます。私には。 (2014/01/23)

その理由だけでなく、自分が乗る所を混雑させたく無くて入口をわざと塞ぐ連中もいます。他には次の駅で一番に降りたいからと云う人も。つまり確信犯ですね。 入口を、潜り込む隙間も無いように塞がれていたら、その人に重なって自分もドアを塞ぐように先ず立ち、重なる人を更に押し込んで、自分がドアから少し下がっておくと、乗り易そうに見えて次の人が乗って来るんで、その力を利用して更に奥に入って行くんです。ちょっと中に入ればスカスカもよくあります。入口を塞いでいる人も、力づくで入れないとまで考えている人は少ないので、押されれば仕方なく入りますよ。 ドアが向かい合う空間には人が沢山いるのに、座席の前は吊り皮につかまっている人の間に通路がしっかりできていたりもします。もう一列吊革を付ければ入ってくれるかしら? 大きなカバンを肩に掛けたままやリュックを背負ったままや濡れた傘を自分から離して持つ連中も気が利かないパーですね。最近は荷物を直ぐに床に置いたり座りこむ連中も居て、押されて後ずさりすると躓いたりふんづけたりしてます。まあ江戸仕種も知らない田舎者と気の毒がって許していますが。(2014/01/23)

20年あまり前に首都圏から、名古屋近郊に移り住み、なんて混雑電車の乗り方を知らない(中へ詰めない、荷物を棚に乗せない)人たちなんだと思いましたが、近頃は東京近郊でも似た状況であることを知り大変面白いです。また、この解説による三つの理由は高速道路で追い越し車線をふさいでゆっくり走る車が増えた理由にも当てはまると思います。料金1000円均一で高速のマナーを知らない人が増えたからかと思っていましたが、気の利かない、周りの見えない人が増えただけなのですね。納得しました。でも、高速でそのような車にどいてもらう方法は直接声がかけられないので、その工夫を考えるのが面白そう。(2014/01/23)

自分自身あまり気の利く方ではありませんが、管理職になりたての頃、上司にかなり厳しく躾けられてからは多少廻りに目が届くようになりました。 職場での教育は重要だと思います。(2014/01/23)

現在はスポーツ振興が盛んですが比例して中ほどに詰めない方が増えてませんか?サッカーなどで集団行動が身に着くとは思えません。サッカーなどの競技では自分の役割があるのでそれ以上のことは実行しないのがベターです。ディフェンスが勝手にオフェンスに参加してカウンター喰らったらどうしますか?気が利くなどあり得ないです。 入り口に陣取る方の多くは集団で注意されても個人が叱られることが少ない世代でしょう。集団が文句を言われたら誰かが退く、として育ったのです。 一般的に、言われる前に行動するインセンティブは言われたくない=自分に不利益がある、です。戦中は叱る=鉄拳制裁=自己の損失なので言われる前に行動したのです。個人攻撃を極端に嫌い集団への自己認知が重要な世代ですから、邪魔になっても目立つ=認知されることが重要なのです。奥に詰めて皆さんの役に立とうなど思いませんよ。(2014/01/23)

「昔は気が利く人を育てることができてた、なのに今は……」というのが話の出発点のようですが、この昔とは一体いつのことなのでしょう。とても曖昧です。 明治大正昭和初期の新聞の投書欄などでも「今は人のことを思いやれない人が増えている」といった内容の憤慨があちこちに見られるし、「昔」の方が気が利く人が今より多かったという客観的な証拠は見たことがありません。そうおっしゃる方は世間にはいらっしゃいますが、過去を美化している思い出に過ぎないと思います。 議論の出発点がそういう状態なので、その後の心理学を駆使した方法論の説明にも全く説得力を感じられません。 一番役に立ちそうなのは、"奥に行く技術"という、「自分が他人に気を利かせる」技術についてですが、そこに話の焦点を合わせていない。結局「自分以外の誰かが気を利かせてくれるようになって、私に気を使ってくれるといいな」という他人に責任を押し付ける話になっていると思います。(2014/01/23)

「乗車時に、電車の『中ほど』まで進まない人々」がいる→気の利かない日本人が蔓延、まで敷衍して無理やり記事に仕立てた感が一杯ですね。○○子さんのコラムを思い出しました。編集者の方、電車で何かあったのですか?(2014/01/23)

面白く読みましたが、個人的な観測としては、扉に寄りかかりたいからとか、これ以上入ってきて欲しくないからとか、そういった自己中心的な理由の方が増えてきているだけのような気がします。スマホ弄るのに忙しくて周りを見ていない方もまた増えているかと。(中央線25年選手)(2014/01/23)

ビジュアルフィールドの説明ですが、意図的に携帯やスマホの影響を語らせないようにしてませんか?そういう意味では「綺麗ごと」でしか話してないなと感じました。(2014/01/23)

インタビュアーが意図的に偏った方向にまとめて結論付けようとしているところを、川西さんが冷静におさめ、回答しているところに感心した。(2014/01/23)

乗換駅や始発で座席を奪い合う替りに「ドアの両脇に門番のように」立っていることが多いですが、ただ単に楽だからです。構造的に吹き溜まりなので、空いていれば誰かが入ることになる。カバンは手提げで短髪ですので「背負っているリュックや自分の髪の毛が、後ろに座っている人の頭に当たって、不快に思われるかもしれないな」という想像力を発揮することはできませんが。(2014/01/23)

インタビュアーしゃべり過ぎ。 それを編集で落とさず載せてしまうのも疑問。(2014/01/23)

傍若無人の老若男女を多く見かけるようになりました。枚挙に暇がありません。魚も人も頭から腐るようですが、20~30年後を考慮して、まずは先生と親と幼児の教育から見直すべきでしょう。それにはメディアの応援も欠かせません。(2014/01/23)

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