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ブラック・ジャックが問うた未来

手塚治虫没後25年 特別対談 渡邊剛×手塚眞

2014年2月7日(金)

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渡邊剛氏(左)と、手塚眞氏(写真=稲垣純也)

 マンガの神様、手塚治虫が亡くなって、2月9日で四半世紀が経つ。鉄腕アトム、ジャングル大帝、火の鳥、リボンの騎士――。今年の大学センター試験に自伝的作品として知られる「紙の砦」などが採用され、2月8日からは手塚治虫原作の映画「ブッダ2」が公開されるなど、時代を越えてその作品は今も親しまれている。

 神様をたたえ、ここ数年、手塚治虫の命日である2月9日に漫画家が手塚作品に登場するキャラクターを描いてツイッターにアップするオマージュが続く。世界に誇る日本の文化となったマンガとアニメの礎を築いた功績は高い。

 手塚治虫によって人生を変えられたのは、漫画家やアニメーターといったクリエーターだけではない。手塚作品に触れて、生涯の職を決めた人も少なくないだろう。その一人が、心臓外科医の渡邊剛氏だ。ロボットを駆使した最新の心臓外科治療の第一人者となった彼の原点は、ブラック・ジャックとの出合いだった。週刊少年チャンピオンでブラック・ジャックの連載が始まったのは1973年のこと。実に40年以上前の作品であるが、今でも根強い人気を誇っている。

 今回は手塚治虫の没後25年に合わせて、渡邊氏と手塚治虫の長男で、映画監督やプロデューサーとして活躍する手塚眞氏が対談。ブラック・ジャックを通じて、マンガの神様の作品に対するこだわりや働き方、信念を語り合った。

渡邊 剛氏(以下、渡邊): 「ブラック・ジャック」との出合いは中学生の頃です。もともとマンガをあまり読まなかったのですが、同級生から紹介されたのがきっかけです。当時は「ガキデカ」のようなギャグ漫画が流行していたところに、まぁマンガのテーマには不向きであろう医者をモチーフにした作品。これはかなり衝撃的でした。私が医者を志すきっかけになったのも、この作品です。私以外にも、多くの医者がこの作品を通じて医学の道に進んでいます。

手塚 眞氏(以下、手塚): ブラック・ジャックは無免許医ですが、渡邊先生はじめ皆さんはきちんと医者の資格を取られて良かった(笑)。読まれて印象的だった作品はありますか。

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「ブラック・ジャックが問うた未来」の著者

白壁 達久

白壁 達久(しらかべ・たつひさ)

日経ビジネス記者

2002年関西大学経済学部卒業後、日経BP社に入社。日経ビジネス、日経ビジネスアソシエを経て、2015年から香港支局長としてアジア全体をカバーする。2016年8月から日経ビジネス記者に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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