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あと長くて2年で「社長、辞めます」

「市場消滅からの復活」の舞台裏 第1回

  • 荻島 央江

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2014年6月6日(金)

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「過去最高益を更新できなければ、社長を辞めます」――。2012年12月、通信販売大手、ジャパネットたかたの高田明社長はこう宣言して周囲を驚かせる。主力商品だったテレビの売り上げが95%減とほぼ消滅する中、高田社長は社員をどう鼓舞し、業績を立て直したのか。

(聞き手は荻島央江)

ここ数年、厳しい状況に置かれていたのですね。

高田:ジャパネットたかたは1986年の創立以来、おかげさまで右肩上がりの成長を続けてきましたが、2011年、12年は2期連続の減収減益となりました。12年12月期の売上高は1170億円で、経常利益は73億円。過去最高を記録した10年12月期に比べて、売り上げは3割以上、利益は5割近くも落ち込みました。

 こうした結果になった最大の要因は、テレビの販売不振です。家電エコポイント制度が終了し、地上デジタル放送に完全移行した11年7月から状況が一変。テレビがぱたりと売れなくなったのです。

テレビとはこんなに売れないものか

 特需の反動はある程度予想していたものの、正直ここまでひどいとは思っていませんでした。テレビの販売額はピーク時の5%程度にまで激減しました。ジャパネットの場合、テレビの売り上げがかなりの割合を占めていましたから大変な打撃です。私は、急いで別の商材で埋めなければ、会社の存続さえ問われるという危機感を抱いていました。

 そんなとき、ひらめいたのです。「13年に過去最高益を更新できなければ、社長を辞めよう」と。前々から考えていたわけではありません。12年の秋、あるメディアの取材の席上で、ぱっと思い付いて言っちゃった。

親は永遠に子供のそばにはいられない

高田 明(たかた・あきら)
1948年長崎県生まれ。大阪経済大学卒業後、機械製造会社勤務を経て、父親が経営するカメラ店で働く。86年に独立し、カメラ販売の「たかた」を設立。ラジオ通販で手応えをつかみ、通信販売にシフト。94年からテレビ通販にも進出し、業績を大きく伸ばす。99年、現社名に変更(写真:菅 敏一)

なぜ、そんな宣言をしたのですか。

高田:それくらい言わないと、今のジャパネットの置かれた状況を社員に分かってもらえないと考えたのです。

 テレビの売り上げが絶好調だった頃から、こうした好況が長く続くとは考えていませんでした。だから社員全員に「テレビがなかったら、ジャパネットは何をすべきか」という課題を出し、アイデアを集めたこともあります。ただ、社員に強い危機感があったかというと、疑問です。

 親が永遠に子供のそばにいることができないように、私もいつまで会社にいられるか分かりません。私がいなくても社員たちだけで会社を動かしていく体質にしなければならない。社員が秘めている本当の底力を引き出すために、高い目標を掲げ、私自身の進退を懸けることにしたのです。

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